その日限りのお楽しみ

 今から半世紀くらい前の、ちょうど5月5日のこどもの日の午後に、私は何となくラジオのスイッチを入れました。すると、フジテレビのアニメ『いなかっぺ大将』の主人公の大ちゃんがしゃべっているのをキャッチしました。そう、それは、おそらく文化放送で、その声は、今では大御所の野沢雅子さんでした。その日の午後から、4,5時間くらい、西日が射すまでやっていた、こどもの日にちなんだ特別ラジオ番組でした。
 当時のラジオ放送では、子供電話相談室とか子供向けラジオドラマとかはありましたが、その特別ラジオ番組のような、子供専用の音楽リクエスト集計番組は普段はありませんでした。電話によるリクエストで、何時かまでに締め切って集計結果を最後の1時間くらいでベスト10形式で発表するラジオ番組でした。『いなかっぺ大将』の大ちゃんが、番組の最初から最後まで長時間のMCをつとめていたことが、今でも私は忘れられません。まことに、こどもの日にふさわしいラジオ番組でした。
 もっと忘れられないのは、そのベスト3に当時流行していた歌謡曲のヒット曲やロックミュージックが入っていたことです。おそらく、電話によるリクエストができる年齢は二十歳未満ということで、たとえばリクエストのための電話で年齢を聞かれて「5才です。」などとウソを言ってはダメだったのです。そのベスト10には、童謡や子供の歌なども入っていました。子供の良く知っている歌ということで、あるいは、こどもの日にちなんでということで、それは当然だったと思います。
 しかし、2位になったのは、(正確なタイトルは忘れましたが)『月光仮面』の歌でした。しかも、テレビ主題歌の童謡っぽいものではなくて、モップスというロックバンドの、当時の現代風『月光仮面』でした。原曲を踏まえながら、ロック調のアレンジを加えた曲で、月光仮面のおじさんが訳のわからない言葉を話す宇宙人かスーパーマンのようになっていました。当時の流行りというか、歌謡曲ベスト10では絶対紹介されないような曲でしたが、子供たちに聞かせて面白がらせるには十分な曲でした。
 そして、1位になった曲は、はしだのりひことクライマックスの『花嫁』でした。後に、NHK紅白歌合戦出場を果たした当時の流行歌でした。『こどもの日』に『花嫁』だなんて、何だかミスマッチのように思われるかもしれませんが、西日が射す夕暮れ前のひと時にこの曲を聴いていると、まだ10代になりかけの私にもグッとくるものがありました。

小さなカバンに詰めた花嫁衣装は
ふるさとの丘に咲いてた野菊の花束

という歌詞にもあるように、その幸せや豊かさは、経済発展的なものではありませんでした。はしだのりひこさん自身は、フォークソングの人でした。このことは、昭和時代の豊かさが、経済発展一筋ではなかったことを物語っています。もしかして、その幸せや豊かさは、文化的なものを目指していたのかもしれません。このような流行歌に秘められた文化的なものが、昭和の時代に生きていた人々の、幸せや豊かさを支えていたのかもしれません。
 そういう意味で、私は、あの頃の、こどもの日のラジオ番組でこの『花嫁』という曲を聴いたことが、今でも忘れられないでいるのです。