いつか見た『ふたりのビッグショー』

 以前私は、NHK総合テレビで『ふたりのビッグショー』みたいな番組を見ていました。いつだったのか記憶があまり定かではないのですが、その日は『松田聖子天童よしみ』というジャンルの違う二人の歌手による歌謡ショーを見ました。
 松田聖子さんと言えば、私が二十歳くらいの時からテレビの歌番組で見ない日が無いほど人気がありました。LPレコードのアルバムを買った記憶がありました。『渚のバルコニー』や『スウィート・メモリー』や『白いパラソル』あたりが、歌としては良かったと思いました。主演をつとめた映画『野菊の墓』も上野の映画館に見に行きました。
 天童よしみさんと言えば、私が子供の頃に毎週見ていた『いなかっぺ大将』のオープニング主題歌を歌っていたことを思い出します。この『いなかっぺ大将』はタツノコプロ制作のアニメで、現在の『ちびまる子ちゃん』の時間とチャンネルでやっていました。このアニメの主人公の声をやっていたのは、あの声優界の大御所の野沢雅子さんでした。私の場合、野沢雅子さんと言うと『銀河鉄道999』でもなく『ドラゴンボール』でもなく、『いなかっぺ大将』なのでした。
一つ人より力持ち 二つ故郷あとにして 花の東京で腕試し
という調子で始まるオープニング主題歌を、子供の頃の私は東京の実家のテレビの前でよく聴いていました。
 さて、その日の『ふたりのビッグショー』に話を戻しましょう。最初私はこの番組を何の期待も無く、たまたまテレビがかかっていたので見かけたに過ぎませんでした。ところが、天童よしみさんが松田聖子さん本人の前で、『青い珊瑚礁』を歌われました。私はびっくりして、演歌歌手が現代ポップスの曲を歌うのを聴いていました。その『青い珊瑚礁』には、全く演歌のにおいがありませんでした。松田聖子さんの歌っていた『青い珊瑚礁』とは、別の『青い珊瑚礁』があるように思えました。二人の何が違かったかと言うと、声の出し方(発声法)が違かったのです。
 そこで、一般大衆はすぐに優劣を付けたがります。あの人は芸が上手いとか、この人は芸が下手だとか、簡単に判断して結論を出したがります。しかし、音楽や美術などに代表される芸術というものは、個人の感性や主観に直接訴えかけるものであり、誰が視聴しても明々白々な、つまり、一般的な優劣がそう簡単には付け難いと私は思います。だから、この例でもオリジナルを上回るカバーやコピーがされたとは、私は思いませんでした。この二人の歌手はもともと声の出し方(発声法)が違うのです。歌による表現形式が根本的に違うのです。したがって、私は次のように考えました。松田聖子さんのオリジナルの『青い珊瑚礁』を尊重した上で、天童よしみさんのカバーした『青い珊瑚礁』も良かったのだ。とそう私は理解しました。
 あらゆる芸術の受け手である、現代の視聴者が大切にしたいものは何でしょうか。それは支払ったお金の対価とかアーティストへの過大な期待とかでは、本当はないはずです。むしろ、それは、その受け手である視聴者自身の側にあるものなのかもしれません。何か意味があるから廃(すた)れさせずに残したい、と思うような、野球に例えるならば『良い選球眼』を養って身につけたいものです。