あれから40年....

 綾小路きみまろさんのネタをパクって申しわけありません。が、私の今回取り上げるのは、老夫婦のことではありません。最近話題の『チャットGPT』という人工知能ソフトのことです。このコンピュータソフトは、その使い勝手の良い性能ばかりが評価されていて、これは異次元の人工知能だと過大評価されています。したがって、これからの人工知能は飛躍的に進化するとまで言われています。しかし、本当にそうなのでしょうか。(ちなみに、誠に残念ながら、この文章は、『チャットGPT』を使って書かれてはいません。)
 このコンピュータシステムを、プログラム機能的に分析してみると、人工知能とネット検索とに分けられると思います。言語解析と文書作成は、前者のような人工知能プログラムが請け負っています。また、実際に扱う具体的内容のデータは、インターネット上の膨大なデータ(文字データを中心とする、無作為のビッグデータ)です。それをくまなく検索することを、後者のネット検索プログラムが請け負っていると考えられます。このコンピュータシステムの社会にもたらす成果や影響が余りに革新的あるいは画期的に見えるために、「すごい!」と思われているのです。どう見ても、そのように思われるかもしれませんが、決して神業ではないことを断言させていただきます。
 ところで、今から40年くらい前に、一冊の本が出版されて、その翻訳本が日本でも出版されました。『マイコン人工知能』(大島邦夫訳、John Krutch著、共立出版)という定価1800円の本でした。英語で書かれた原本のタイトルは、”Experiments in Artificial Intelligence for Small Computers”です。『(パソコンなどの)小規模コンピュータでできる人工知能の実践の数々』(黒田訳)といった意味です。何と、当時のBASIC搭載のパソコンで、人工知能プログラムの諸々を動かしてしまおうというのです。理論的なことは最低限の説明にとどめて、まず、とにかく実際にプログラムを組んで(AIプログラミング)、当時はまだ研究途上だった人工知能の数々を、8ビットパソコンのレベルでプログラム実装しちゃおう、という意欲にあふれた本の内容でした。
 以下に、この本の目次と、各章で紹介されているBASICプログラムの名前を挙げてみましょう。

第1章 人工知能とBASIC      プログラムKINGMOVE
第2章 ゲーム用プログラムの開発    プログラムCHECKERS
第3章 問題解決            プログラムTF
第4章 演繹推論をするプログラム    プログラムFETCH
第5章 コンピュータによる詩の創作   プログラムHAIKU
第6章 コンピュータによる文章の作成  プログラムAUTOWRITER
第7章 自然言語処理          プログラムDOCTOR

このようなリストを目にしただけでもわかるように、これらの人工知能の実践的プログラムを総合したものが、現在私たちが目にしている『チャットGPT』の人工知能プログラム部分であると推測されます。つまり、『チャットGPT』は、今日突如として現れて進化しつつある人工知能ではないということなのです。私の仮説として申すならば、少なくともこの40年間、あるいはそれ以上の長い時間をかけて、(やや不完全ながら)やっと実現にこぎつけたコンピュータシステムの一つに過ぎないのではないか、ということです。ありていに申せば、これらのBASICプログラムが、『チャットGPT』の人工知能システム部分のプロトタイプ、すなわち、ご先祖さまなのだ、と私は思っています。
 ちなみに、こうしたプロトタイプは、他の人工知能ソフトにも当てはまります。第2章の『ゲーム用プログラムの開発』をよく読んでみると、チェスやチェッカー、最近では、囲碁や将棋まで、コンピューターがそれらのプロ棋士(人間)の実力を上回るようになったことの理由がわかります。簡単に言って、コンピュータのプログラムが、人間よりも局面が有利になる手を『先読み』できれば、いずれのゲームでも人間を打ち負かすことができるのです。その必勝法は、各種ゲームに適応した『評価関数』『ツリー構造とミニマックス手続き』『アルファベータ・アルゴリズム』によって作られたプログラムをコンピュータが実装することだったのです。確かに、40年前のプログラムには、ディ―プ・ラーニングはまだプログラムとして実装されていませんでした。けれども、『評価関数』をはじめとするそれら3要素は、現在に至っても、囲碁や将棋ソフトの中核を担うプログラムとしてコンピュータに実装されています。
 この『マイコン人工知能』という本が人工知能について教えてくれることはまだまだありますが、今回の私のブログ記事では、そこまでにしておきましょう。今は、それよりも大事なことを述べておきましょう。私が考える『チャットGPT』の心配な点についてです。システム・エンジリアリング的な話になると思いますが、『人間の悪意のある言葉』について、そのコンピュータシステムが判別できなくて無力であること、すなわち、その脆弱性をプログラム的に修正できないということです。おそらく『チャットGPT』側では、その言葉をチェックして検出することが不可能だと思われます。よって、その外部から規制をかけて欲しいと願っていると思います。例えば、SNSでの規制のように、その国の捜査機関がサイバーパトロールをして、そうした『悪意のある言葉』をシャットアウトあるいは削除してくれることを『チャットGPT』側が願っていると思います。
 しかし、本当の問題は、『チャットGPT』自体がインターネット上をくまなく検索してしまうことにあります。瞬時に、自動的・機械的に大量の検索をする必要があるために、その検索ワードの一つ一つが、誰かに対して悪意があるか否かを『チャットGPT』内部で判別できないことにあります。これは、コンピュータシステム設計上の致命傷と言えるものです。プログラム的には間違っていなくても、システム的にはいかがなものかということなります。したがって、SNSと同様な問題を将来的にかかえることになって、ユーザ側の私たちがその対応に追われるはめになることが予想されます。「便利な道具ほど、もろ刃の剣(つるぎ)なのだ。」と知って気をつける必要があります。
 もしも今、私がシステムエンジニアであったならば、次のように考えます。『チャットGPT』の人工知能システム部分を、インターネット検索システム部分と切り離します。そして、インターネットから隔離可能な、各分野で専門的に構築されたデータベースを接続します。もちろん、そのデータベースの内容は、私たちユーザ側が定期的に管理できるものとします。よって、インターネット接続並みの簡便さやコスト削減は得られませんが、それが一番安全安心なコンピュータシステムではないかと思うのです。
 なぜならば、外部からの有害な個人的意見(例えば、私のブログ記事のようなプライベートに書かれた文書や情報)などをシャットアウトできることは、まさに意味があるからです。国会の答弁などや、官公庁の作成する文書が、私ごとき一般人の多くの申す事柄に、いちいち機械的に左右されて欲しくはありません。実際、そんな事態となっては一大事です。やはり、個人が作成する文書は、それを書いた個人が責任の持てる範囲で作成できるほうがよいと思います。もちろん、『チャットGPT』のようなコンピュータシステムをうまく利用することに、異論はありません。しかし、できうるならば、その人ご自身の力で作成した文書のほうが、信頼性があるような気がいたします。誤字脱字や書き間違いが、人間と機械とで同じくらいあるとして、私たちはどちらに信頼を置くのか考えてみたいものです。是非とも、今後のコンピュータシステム開発で使われるチューリング・テストのチェック項目の一つとして、そのような『人との信頼性』を付け加えて欲しいと思います。