心を科学するのは意味がある

 先日12月18日(日)に、Eテレの番組『サイエンスZERO 徹底解説!”科学の未解決問題” 心はどうやって生まれるのか。』を観ました。心を持った人工知能の開発に挑んでいらっしゃる、神経科学者の金井良太さんがプレゼンテーションをされていました。また、「ここで扱う『心』とは、その働きが意識や感情や意志や思考などの働きをするもの」という、この番組を観るための予備知識が、この番組の冒頭で説明されていました。
 この番組は、まず、「心はどこにあるのか」という問題から始まりました。あのデカルトさんが、”心の座は脳にあり!”と言いました。すなわち「心が脳の働きによって作られたもの」という、現代人の考えとつながっていることが述べられていました。ただし、かのデカルトさんは、「心=脳」ではないということから、松果体の中にいる小人(こびと)みたいなものが、人間の心の正体だとしてしまいました。いわゆる『ホムンクルス問題』に突き当たってしまったのだそうです。(ホムンクルスとは、ギリシャ語で小人を意味する言葉だそうです。)
 しかし、その後、リベット博士、へインズ博士たち、シリグ博士たちといった現代の科学者たちによって、心は脳のどこで作られるのかという研究がされました。脳内では、脳波という電気信号のやりとりが行われています。手を動かす前に、それを行う『意志』が生じ、その前には補足運動野という脳の部位から脳波が出ているということが確かめられました。また、別の実験では、その補足運動野から脳波が出る前に、前頭葉のBA10という脳の部位から脳波が出ているということが確かめられます。また、さらに、別の実験では、外からの電気的刺激を頭頂葉という脳の部位に与えると、何らかの具体的な『意志』が生まれることが確かめられました。
 テレビをこの番組を観ていた、私が最も注目した点は、『意志』などの心の働きが生まれる前に、脳内でいろんなやりとりが行われているらしいということでした。通常、「○○しよう。」という『意志』は、脳のやりとりの起点あるいは始まり・原因だと、私たち人間は直観的に考えます。けれども、脳内のメカニズムでは、その『意志』は、脳のやりとりの帰結あるいは終点・結果にすぎないということです。実は、『意志』や『意識』などの心の働きは、脳がさまざまに働いた後に来るもの、言い換えると、脳内のやりとりの結果として生じるものというのが真実のようです。やはり、心というものは、おまけとして付いてくるものだったのです。
 私がその次に注目した点は、脳波の連鎖があるということです。つまり、A点で発生した脳波が起点になって、その結果としてB点で脳波が発生します。実は、その前に、C点で脳波が発生したことが原因となって、A点で脳波が発生する結果となっています。つまり、結果として生まれた情報が、別の情報の原因にもなる、というわけです。
 私の勝手な想像では、以下のごとくになります。よく脳内の神経細胞は、ネットワークの構造だと言われますが、ただの単純なネットワークのモデルを想像してはいけないと思います。複雑に絡み合っていたり、個々の接点につながりやすさの違いがあったりすると考えるべきです。しかも、そのつながりやすさの違いは、脳のネットワークの物理的な構造に影響を受けているのかもしれません。また、そうやって考えてみると、こうした物理的な環境においての脳波の連鎖が、『意識』などの人間の心の働きの正体なのかもしれません。
 さて、現代の科学者たちによって、このように実際に脳でどういうふうに心が生まれてくるかということが分析されてきたわけですが、それでは、そのメカニズムが全て解明されたかというと、そうではありません。上の例から言いますと、前頭葉のBA10や頭頂葉から脳波が出てくる前に、ほかのどの部位から脳波が出るのかは確定されていません。
 この番組において、金井良太さんの説明によると、「別のアプローチとして、どういうふうに機能を組み合わせたら心が生まれるか、それをコンピュータの上でプログラムに書いてしまおう、とそういうことを今、取り組んで」いらっしゃるそうです。「実際、人間の脳でこの部分が無かったら、意志が無くなるのか、とそういう実験できませんよね。だけど、それがプログラムであれば、いろいろなパターンを試して、実際、何がきっかけで心が生まれてくるのか、それを研究することができる。」のだそうです。いわゆる『心をつくる研究』として、人工意識と呼ばれるものが番組で紹介されていました。
 私はこの分野の研究者ではありませんが、この番組を観ていて、勉強になりました。『統合情報理論』という理論が、数式で表現されていました。その内容は、こうです。「意識の量は、『神経細胞の数』と『そのつながりの複雑さ』の組み合わせで決まる。」という理論です。「実際、この理論が提案していることは、(脳内の)いろんな部位がそれぞれの機能を持って、それが一つになることで心が生まれるのではないか。」ということを表現していることに、この統合情報理論の数式の意味があるのだそうです。
 しかも、金井良太さんの説明によると、『神経細胞の数』だけではなく、『そのつながりの複雑さ』が重要だとのことです。つまり、「神経細胞は、つながることが非常に大切。」なのです。
 このことは、私たちの日常生活を観察すれば、明らかです。生命の発生から、人間の赤ちゃんとして生まれてくる間に、人間の神経細胞ができてきます。この地点では、生物としてのヒトは皆、ほぼ同じスタート地点に立っているはずです。しかし、その出生後に長い時間をかけて、それぞれの脳の個人差、あるいは、心の働きの格差が生じてくると考えられます。
 例えば、アルツハイマー認知症統合失調症の人と対面してみると、神経細胞のつながりというものがいかに大切かを実感できると思います。あるいは、幻覚や幻聴がある人の脳のメカニズムを考えてみると、神経細胞の普通のつながりがどんなに大切かを想像できると思います。また、普通の人が眠っている時(あるいは、意識の働きが弱くなっている時)に見る夢が、脈絡のないものであったりすることも、神経細胞のつながりから説明ができそうです。さらに、また、多重人格とか、個人の性格(つまり、個性)とか、差別感情や差別意識といった極端に偏った感情や意識も、神経細胞のつながりから説明できるようになるような未来が、いずれは来るかもしれません。
 ここまで私が書いてきて、きっと気がついた人がいるかもしれませんが、私は、人間の精神活動に、『高度な』という言葉を付けるのが嫌いです。人間の心の働きが、いかなる学問や自然科学でも説明できない、自然から逸脱した高度な精神活動だとは、どうしても思えないのです。人間の脳は、生物としてのヒトの体の一部ですし、自然の一部です。よって、私たちの心の働きは、決して超自然的なものではないと思うのです。
 この番組では、一般参加の女の子が、神経科学者の金井良太さんにこんな質問をしていました。「何で脳だけ調べるんですか。」実は、これは良い質問で、なぜ脳を調べなくてはいけないかという考えの、その第一歩と言えます。「脳じゃない所は、大体何をやっているかわかるんです。」という金井良太さんの言われるように、脳以外の体の部位のメカニズムは、現代の科学である程度解明されています。私も、40年くらい前に高校の、生物の授業で、おおまかなことを学んだおぼえがあります。脳以外の体の部位は、脳と神経でつながっています。この神経を通じて、脳は、常時、休みなく何らかの情報を受け取っています。私たち人間は、その情報を意識的して、あるいは無意識に受け取って、脳の中に、何らかの方法で蓄積しているはずです。実は、まだそれはブラックボックスなのです。よって、このことに関して、さらに脳を調べてみる必要があると思うのです。(なお、この番組で紹介されていた金井良太さんの研究開発では、そうしたブラックボックスの一部分にも、光が当てられつつあるように感じられました。)
 最後にもう一つ、「心は人工的につくれるか?」という問いについて、私の考えを述べておきましょう。私は、心は人工的につくれると思います。ただし、人間の心と全く同じものをつくることは、現代の科学技術では不可能に近いと思います。なぜならば、人間には、生物として、生命を維持する機能が備わっているからです。人間は、生まれてから死ぬまで、膨大な情報をその神経細胞で、絶えず休みなくやり取りしています。しかし、一方、囲碁でプロの棋士に勝ったディープラーニングのできる人工知能には、人間のように生命を維持する機能が付いていません。従って、たとえその人工知能に、意識が生まれたとしても、電源を切ってしまったり、機械が故障してしまったりすると、その意識は途切れてしまいます。
 もちろん、コンピュータのプログラムによって、意志や意識などの『心の働き』を作り出すことはできるかもしれません。けれども、普通の人間の心と比べると、それは断続的なものにならざるを得ないと思います。つまり、現在、コンピュータのプログラムでできることは、期間限定で人間の心をモデル化できることだと言えます。逆に言うと、私たち人間は、長い時間をかけて、その神経細胞によって、コンピュータのプログラムに相当する、あるいは、それ以上の何かを脳内に構築していると言えましょう。