絶版本の発見

 最近私は、人工知能もどきのプログラムとして、いわゆる簡単なオセロプログラムを完成させて動かせるようにしました。そのきっかけとなったのは、1980年代の後半あたりに神田神保町の本屋さんで見つけて買った『思考ゲームプログラミング −オセロゲームのアルゴリズムと作成法−』という本で、『森田オセロVer.6.1』のC言語によるプログラムリストを見て驚いたことでした。当時の私は、ツクダオリジナルのオセロゲームやコンピュータ・オセロゲーム専用機などを買って、あるいは、パソコンのゲームソフトとしてこの種のゲームを買って、一人で遊んでいました。だから、その本のように、今で言う『人工知能』的な動きをするコンピュータソフトの中味を逐一説明しているものを見つけると、一気に関心や好奇心を掻き立てられてしまいました。そうしたものを自作する技術や知識や能力が全く無かったにもかかわらず、当時の私はそうした本を探して買いあさっていました。
 昨年、私なりに人工知能もどきのプログラムを作った時に、そのもとになったのは、その本に記載されていた森田オセロのプログラムリストの一部を真似たVBSスクリプトでした。ただし、それはかのプログラムリストのほんの先頭部分しか作っておらず、ただの見かけ倒しのものでした。以前の私は、20代の頃に会社の業務でC言語を使っていたとはいえ、技術者としては若僧の半人前でした。その本を手にとった頃の私は30代半ばでしたが、著者の一人であった故・森田和郎さんのC言語のコーディングの内容がほとんど解読できませんでした。よって、それを真似て作ったVBスクリプトも、ゲームの最初の盤面をパソコンの画面に出したたげで終わってしまうという、一切中味の無いお粗末なものでした。
 それで、50代半ばを過ぎた私は、そのプログラム作りに再挑戦をしたわけですが、その直前にかの森田オセロのプログラムリストを見てみたくて、身の回りをあれこれ探し回りました。しかし、この本は見つかりませんでした。このようなコンピュータ・プログラミングの趣味にうつつを抜かしていると、本業の方がおろそかになると思って、あえて長野県の地元にはその本を持って来ていないことに、やがて気がつきました。東京の私の自宅にあるに違いないから、年末年始に帰省した折に探してみようと思いました。
 それで、今回東京の自宅に帰って、本棚や押し入れの中などを探してみたのですが、簡単には見つかりませんでした。2年か3年前の帰省の折に、大掃除のつもりで蔵書の一部を処分してしまいました。その時に処分してしまったかもしれないと思いつつも、部屋の奧隅に積み上げておいた箱の中まで調べてみました。
 すると、その本が見つかりました。以前ネットで調べたところによると、その本は絶版になっていて、簡単には手に入らないそうです。そのように、売れなくなった本は、世の中から必要とされなくなって、絶版となるのは仕方のないことなのかもしれません。今の私のように、人工知能(AI)をコンピュータ・プログラムの一種とみなしている人間でないかぎり、そのニーズは無いのかもしれません。しかしながら、この30数年前に出版された本にこそ、現代世界的に注目を浴びている人工知能(AI)の基礎が積み込まれていると、私は信じているのです。
 私が自宅で発見したその絶版本には、神田神保町東京堂書店のブックカバーがされていました。また、巻末のページには、「1986年3月1日 初版発行」「1986年5月25日 第1版第2刷発行」「定価1,600円」「著者 森田和郎・国枝交子・津田伸秀」「発行所 株式会社アスキー」などと書かれていました。それで、私は思い出しました。あの頃は、月刊アスキーという分厚いパソコン雑誌があって、しばしば本屋さんで買って読んだものでした。また、当時の東京堂書店のパソコン書籍コーナーでは、人工知能を扱った面白い書籍がほかにもありました。
 その中でも、『マイコン人工知能』という英語からの翻訳本は、チェッカーなどの対戦型ゲームのAIプログラム、ドクターという対話型AIプログラム、ライターという自動作文AIプログラムなどが、当時普及していた8ビットパソコン上のBASICプログラムで簡単に実現してしまうことが述べられていた本でした。その本に記述されていたBASICのプログラムは、当時私が持っていたパソコン上でも、多少の変更で動作可能となりました。おそらく、この著書は、人工知能について書かれた最も解りやすく、最も実践的なものだったと言えましょう。
 また、同じ東京堂書店のブックカバーがされた本で、今回私の自宅から見つかったもう1冊は、『BASICでつくる脳の情報システム』という本です。人間の脳のシステムが部分的にどうコンピュータ化されるかを、BASICのプログラム付きで浅く広く説明している本です。著者は、知能システム研究会です。ランダムドット・ステレオグラムや迷路の作り方とか、パーセプトロンやアソシアトロンなどの神経系のモデルや簡単な機械学習チューリング・マシンのモデル化などがパソコン上のプログラムで動作確認できるようになっています。広く浅くとはいえ、個々の内容は専門的で、少々とっつきにくい感じがしますが、いずれ人工知能やコンピュータ自身の理解に必要な基礎知識の一つになるようなことが書かれている著書だと、私には思えました。
 話を最初の『思考ゲームプログラミング』という著書に戻しましょう。この本に付けられていた帯には、「人工知能への挑戦 人工知能の実践として最も成功した思考ゲームのアルゴリズムをわかりやすく解説した初の書籍」と銘打ってありました。思考ゲームプログラミングの代表格である『森田オセロ』のプログラムが、そのように私たちを納得させるのには、それなりの根拠があると思います。私の自宅の書棚には、様々な人がプログラミングした自動翻訳システムの著書が4,5冊あります。しかし、どの著書を見ても、完全な自動翻訳システムというものは、残念ながらありませんでした。その代わり、自動翻訳システムは翻訳支援システムとして使われると、その威力を発揮すると考えられています。その翻訳の不完全さを補うのは、やはり人間の脳であり、人間の力なのです。
 しかし一方、『森田オセロ』は同じコンピュータ・プログラムでも、ゲームに勝つことを追求した人工知能の一つだったと思います。その完全さへの追及が、自動翻訳システムよりも徹底してできていると思われます。その精神は後に、『森田将棋』の開発に引き継がれ、現在の国産の、コンピュータ将棋ソフトやコンピュータ囲碁ソフトの開発にもつながっていると思います。
 今後、私としては、その絶版本から『森田オセロ』のアルゴリズムの解読を何とか進めて、それをVBスクリプトを使って、人工知能もどきのプログラムに組み込んでみようと計画しています。あくまでも趣味なので、納期はありません。いつ実現するかはわかりませんが、試してみようとは考えています。