XにかかったらすぐZ

 今回は、あくまでも仮説としてお話ししたいと思います。以前「痛くなったら、すぐ何何(薬品の商品名)。」というフレーズのテレビCMを見たことがありました。これは、もしかして、使えるかもしれないと思いました。
 私は、もともと新型コロナウィルスの変異種からの脅威を信じていませんでした。この変異種は、受容体の仕組みに対して従来よりも柔軟性があって感染しやすい、つまり感染力が従来種よりも強い。けれども、そのウィルス株そのものは重症化致死率の低いものへ変化していく、ということがこれまでの科学的知識としてわかっています。しかし、最近の状況を見てみるに、重症化とそれによる致死が必ずしも減ったとは言い難い。一体これは、どういうことなのか、ということを私は考えました。
 「感染力が強まる一方で、変種株自体の毒性は弱まる方向になる。」という、これまでの科学的知識が間違っていて一部修正(アップデート)が必要だと、世間一般的にはすぐ結論づけたいところでしょう。しかし、私の仮説によれば、それはちょっと違います。大まかに言いますと、「感染したこと自体に気づきにくくなっている(ずっと自覚症状がない)うちに、実は長期間こじらせてしまっていて、やっと気づいた時には感染症が重症化してしまっている。」というのが、昨今の事実に近いのではないかと思います。私の結論としては、「これまでの科学的見解をくつがえして解決する問題ではない。それよりも、問題は別のところにある。」ということになりました。
 要は、日々の緊張感を高めることよりも、「体の異変に早期に気がついて、早目に対処すれば、感染症での重症化はしない。また、後遺症もひどくならない。」ということなのだと思います。『北斗の拳』のケンシロウの言葉を借りて言えば「おまえはすでに感染している。」とか「おまえはすでに重症化している。」と他人から宣告される前に、準備をしておくべきなのです。体調の悪さに気づきやすいように、各人が自身でアンテナを張っておいて、ちょっとでも具合が悪くなったら(すなわち、ちょっとでも「感染症にかかったかもしれない。」と自覚したら)すぐ、個室で眠って安静にしていることを絶対おススメします。だまされたと思ってやってください。私の仮説が正しければ、きっと良い結果が得られるはずです。
 私は、人流と変異種の関連がどこまであるのかを考えてみました。あくまでも仮説ですが、私なりに今回の社会的状況が説明できるまで考え抜きました。以前私は、オリンピック聖火リレーで野次馬になってしまった人が『大衆心理』(あるいは『群集心理』)に操られていたことに言及しました。つまり、人流(人出の多さ)の危険性は、その『大衆心理』による安心感から「感染症にかかったかもしれない。」という自覚症状に気づきにくくしてしまうことにあると思います。平たく言いますと、多くの人が、知らないうちに軽い感染症にかかっていて、それが広まり続けている、ということだと思います。「みんな、こんなに平気にしている。」とか「自覚症状がないから、自分は大丈夫だ。」とかと思ってしまいがちですが、だまされないでください。体の自覚症状がはっきりと現れた時には、かなりの量のウィルスが体内に侵入していることを覚悟してほしいと思います。
 私は、これまで、毎日の新規感染者数のグラフや表の数値をそれほど重要視していませんでした。その数値の変化が、いかなる要因によるものかがわからなかったからです。しかし、つい最近になって、わかってきました。つまり、最近の状況は「自覚症状がないまま知らず知らず放置して、感染症をこじらせてしまった人が多くなっている。」ということです。そのことをモニタリングして実証しているデータとしては、十分だと思います。そういう人がPCR検査を受けて陽性が確認されていることが多いと仮定すると、様々な現状についての合点がいきます。
 したがって、私は、『まん延防止等重点措置』の対策は間違っていないと思います。それよりも、それに対する多くの人々の社会的理解や、今回のウィルス感染症に対する科学的理解が足りないことが、大いに気になります。多くの人々にわかって欲しいことは、そうしたことへの十分な理解に基づいて「感染症にかかったと思ったならば、ただちに仕事を(家事を含めて)休む。」という体勢を作っておくということです。例えば、原因不明の顔面の火照りが少しあっても、早めに半日熟睡して休めれば、仕事に影響が出ることは少ないと思います。そのような、ちょっとした自覚症状を見逃さないことや、体を安静にすることに、何の特別な緊張感も必要ないと私は思います。これは、感染症にかかった場合の基本です。各自で十分にご検討ください。