『肩の力を抜いて』

 人は、やり慣れていないことをやらなければならないと思うと、やりづらくなるものです。たとえば、私はインフルエンザ・ワクチンをこのかた一度も接種したことがありません。何度も『かかって直す』方式で、その治癒のコツを身につけてしまいました。かぜコロナウィルスも、インフルエンザ・ウィルスも、その存在さえ知りませんでした。けれども、かぜ薬の効き目よりも、その日のうちに早目に床について体を安静にする、自然治癒のほうが効き目があると知ってしまって、それが習慣になってしまいました。
 だから、そうだからといって、ワクチン接種に私が不慣れかというと、そうも決めつけられません。小学生の頃に、ツベルクリン反応を診るための皮下注射や、日本脳炎の予防注射などの集団接種をした時の記憶があります。接種直後に体調が悪くなった同級生が一人か二人、保健室に連れて行かれたことまで今でもよく憶えています。それに私は二十歳前後に二年間ほどひどい鼻アレルギーにかかって、2、3週間おきに、東京の慈恵医大病院へ行って、筋肉注射を打ってもらっていました。症状に応じて毎回15~25ミリリットルの、鼻アレルギーを緩和させる薬剤を注射で打っていました。
 問診したお医者さんが「今日は注射を打っときましょう。」と私の目の前で、注射器に薬を入れて準備します。私が左腕から服を脱いで肩を出すと、「肩の力を抜いて」と必ず言われました。「筋肉が固くなっていると、針が刺さらなかったり、刺さっても中で折れてしまって危険だよ。」と、私はいつもそのお医者さんから注意されていました。幸い、注射針が刺さらなかったり、折れたりしたことは一度もありませんでした。
 そのお医者さんからは「注射を打った箇所を揉まないこと。」とも言われました。私の経験では、痛い注射というイメージは全くありませんでした。当たり前かもしれませんが、静脈注射(今で言う点滴)よりもずっと簡単でした。筋肉注射というと、特別なものと思ってしまう日本人の方々が多いようですが、そんなことはありません。全く慣れの問題だと思います。したがって、私の場合は、そのように鼻アレルギーを抑えるための筋肉注射をしていた経験があるため、それに不慣れだという問題はありません。今回のワクチン接種は、それを希望してみたいところです。
 なお、効き目の問題も考えておきましょう。私個人の考えとしては、ワクチン接種と集団免疫は結びつけないことにしています。それは、社会的な課題であり、私が個人的にああだこうだと考えられるわけではないからです。今回日本で予定されているワクチン接種は、これまでにはないチャンスだから、効き目云々(うんぬん)よりも何よりも、順番が来たら自分の体で試してみようと、軽く私は思いました。もちろん、接種をするしないは基本的に個人の自由だと思います。そんなつまらないことで、変な格差や差別が社会的に起こらないことを願っています。