本当は運が良かっただけなのかも…

 先日私は、かかりつけのクリニックにやっと行ってくることができました。電話であらかじめ連絡しておいて、3か月半ぶりにお医者さんに会ってきました。そのクリニックの建物玄関のガラスには、「かぜ症状や発熱の人は、外来を控えて。」とか「該当する人は、保健所に連絡して下さい。」ということが書いてある紙が何枚も貼ってありました。この貼り紙の多さを見て、私はこう思いました。クリニックのお医者さんや看護師さんたちは、このような感染症に対して相当な警戒心や恐怖心があるということです。そのことが、よくわかりました。
 担当のお医者さんからは、今年2月の血液検査(血中の栄養分に偏りがないかを知るための検査)の結果を説明していただきました。私の貧血気味の原因を探るものでしたが、鉄分やビタミン類を含む食品の摂取で一部改善が見られていることが、その検査結果のデータからわかりました。感染症の件があったために、2か月ほど遅れて教えていただくこととなりました。
 また、私のほうからは、お医者さんに『家庭血圧記録ノート ~数値記入式~』を見せて、「大変なことになってしまって、すいません。」と伝えました。その記録ノートのデータでは、私の体に異変が起った日付以降の数週間の朝と夜の血圧や脈拍が平常で、むしろ以前よりも状態が安定していることをチェックしてもらいました。私は、糖尿病の気はないのですが、先の血液検査時にコレステロール値や中性脂肪値が少し高めになっていました。食生活でそれに気をつけるように、とアドバイスをいただきました。
 お医者さんの直接の診断を受けることによって、2か月分の薬を処方していただくことが、今回の私の外来の主目的でした。お医者さんの側にも事情があって、薬によっては外来の診察を受けずに長期の薬を処方すると、患者さん側の体調に責任が持てない場合があるようです。薬の処方をしていただく件については、クリニック側と電話で十分に相談していましたが、薬がきれる前に十分に体調に気をつけて外来してくれるようにと、私は指示されていました。そして、私はマスクをして用心して行きましたが、担当のお医者さんもマスクをされていました。3か月半前に私が行った時は、そうではなかったお医者さんも、やっぱりこの感染症が怖いんだな、と私にはわかりました。

 

 ところで、4月の初めと下旬の2度の発熱症状があった時に、実はサイトカインストームがありました。私個人の問題なので、当時はそれほど大騒ぎしてもしょうがないと思って、あえて書きませんでした。でも、経験したことは経験したこととして、何らかの記録に残しておくことは必要だと思い返して、書こうと決心しました。私の場合、普通の風邪症状の時でも、手足の関節あたり2、3か所が一時的に痛むということは、よくあることでした。だから、あまり気にかけなかったのですが、一度目の発熱症状の時に、体の何か所かでちらほらチクッと感じました。両手足の関節はもとより、肺の右奥下や右副腎部分なども、一度ずつチクッとしました。それが血管部分だとわかったのは、特に左ひじ関節の内側がチクッとした時です。なぜならば、そこは、クリニックでしばしば採血をする時に注射針でチクッとする箇所だったからです。当初は、発熱症状に伴う臓器のダメージだとしか思っていませんでした。けれども、テレビのニュース番組などから新しい情報知識を得てみると、免疫の暴走が少なかった私は運が良かったのかもしれない、と思うようになりました。
 また、二度目の発熱症状の時は、脳血栓の一歩手前までいきました。サイトカインストームは感じなかったものの、後頭部から首の後ろまで血行が悪くて凝った感じがしていました。長野県で気温がマイナス10度以下の時に、頭や首を冷やしたことがありました。そんな時と同じことが、4月の少し暖かくなった頃に起こるなんて変だとは思いましたが、ちょっと心配にはなっていました。その発熱一日目は夜に寝汗をかいて、二日目には熱が下がりました。しかし、後頭部がぽっとした感じで、イヤな気配がしました。一日中、家の中で安静にしていたのですが、改善しません。そこで、三日目に、他人と出会うことのない外の作業場に一人で行って、家と外との直行直帰をしました。誰にも会わない屋外の作業場は、日中それほど暑くはなかったものの、額に汗をだらだらかいて、脈拍も速く強く感じられて、私の体はひどい状態でした。その日の夜に、布団の中でじっとしていると、本当に汗びっしょりになって、それからやっと心拍数が正常に戻りました。下着を全部取り替えて、水分補給をしました。そのような逆療法による血行促進によって(よい子の皆さんは絶対真似しないで欲しいのですが)、何とか脳血栓は防げたようです。

 脳や心臓や腎臓や手足指には、細かい血管や末梢血管などに血栓が詰まりやすいので、血行が悪いと危険です。たまたま私は、日常的な高血圧の治療として、(ジェネリック医薬品ですが)CR錠という血管を広げて血圧を下げる薬を、かかりつけのクリニックのお医者さんから朝晩1錠ずつ飲むように処方されていました。(確証はありませんが)そのことも、血栓による突然死を防いでくれていたのかもしれません。
 いずれにしても、私は、そんな私自身を観測気球のようなものと見ています。観測気球を上げてわかるものは、安心でも心配でもなく、自然現象を観測した結果のただのありのままのデータでしかありません。そこには差別もなければ偏見もなく、「自然を科学する」という学びの姿勢があるのみだと思います。

 

 さて、私が最近その意味が気になっている言葉のことを話しましょう。北九州や東京都などで最近、新型コロナウィルスの感染が確認された(あるいは判明した)人が少し増えている、というようなニュースをテレビで知りました。(けれども、何の不思議もありません。科学的に考えてみて、感染している人がPCR検査に引っかかったという、それだけの話です。検査の結果に一喜一憂せずに、専門家さんの分析をしばらく待っていたほうが利口かもしれません。)その際に、感染経路が不明の人がいるため、市中感染の可能性が疑われている、というような情報もあったようです。そこで、その『市中感染』という言葉について、今回は考えてみたいと思います。
 『市中感染』などと聞くと、ゾッとしたりビックリする人が多いと思います。白昼の路上で、ウィルスに接触した歩行者が次々と倒れていく、というイメージがあると思います。しかし、それは大きな間違いだと思います。少なくとも、私は違うと思っています。
 そんな私はこう思うのです。まず、この言葉は『院内感染』という言葉の対義語であり、病院外での感染という意味だと思います。また、『市中肺炎(しちゅうはいえん)』という言葉があって、それは「日常生活を普通に送っていて、罹(かか)る肺炎」という意味です。すなわち、その言葉から推測すれば「日常生活を普通に送っているレベルで感染すること」が『市中感染』ではないかと、私は思うわけです。感染が拡大しているのに、誰から誰に感染しているのかわからなくなる(感染経路が追えなくなる)のが、そのような感染の状態だと言えます。
 そのことを前提にして考えてみると、『感染拡大』という言葉の意味を曲解している人が多いような気がしてなりません。台風や地震と同じように、突然ウィルスがやって来て去って行ったと感じている人が多いような気がします。また、緊急事態が宣言されて解除されたと知って、ウィルスが突然出現して消滅したと感じた人も少なくなかったと思われます。そして、第二波や第三波は、ウィルスの到来と通過のことだと思っている人が少なくないと思います。
 しかし、そのように描かれたイメージは、本当に正しいのでしょうか。『感染拡大』という言葉の意味しているところの内容と少し違うのではないかと、私は疑っています。十人十色の多数の日本国民に方向性を持たせるためには、それも仕方がないのかもしれません。でも、「それでは前に進めない」と感じ始めた人たちも少なからず出てきてはいます。
 そこで、私も少しばかり考えて、かつ行動してみました。まず『市中感染』が「何もかも今まで通りの日常生活を普通に送っているレベルで感染すること」だとするならば、『新しい生活様式』や『行動変容』に基づいて考え行動することが、最大にして屈指の改善策だということが理解できると思います。今までの日常や従来の生活に戻るのではなくて、ちょっとそれらを変えてみたり、少し工夫を加えて以前より『ちょっとだけ良いもの』にしていけば、いわゆる『新鮮な安心感』や『建設的な経済意識』を私たちの日常生活に見出すことができると思います。
 つい先日、私は、軽トラを定期点検してもらうために、地元の営業所かつ整備工場に行きました。点検整備が終わるまでの1時間ほどを、ショールーム内で待っているのも何となく悪いと思ったので、「ちょっと外へ行ってきます。点検整備が終わったら、私の携帯に電話を下さい。」と係りの人に伝えました。そして、私は少し歩いた場所にある牛丼屋さんに少し早いお昼を食べに行ってみました。マスクをした状態で飲食店でどう食事をすることができるのかを体験してみたかったからです。実際店に入ってみて席についみるとわかったのですが、マスクをした店員さんと対面してオーダーをする時に、お客の私自身がマスクをしていることが、お互いに安心する上で重要だとわかりました。店員さんによって牛丼が運ばれた後で、マスクを外して今まで通りに食べました。食べ終わって、レジで料金を払う時に店員さんと対面することとなるため、その時にお客の私自身がマスクをしていると、お互いに安心できることが再びわかりました。別の席で、誰だかわからないお爺さんが、大声で店員さんに文句を言っていました。私は、無関心を装って(つまり、スルーして)いましたが、内心は「あんな大声を出さないほうが、コロナにかかるリスクが減らせて長生きできるのに…。」と思っていました。
 牛丼屋さんを出て、外を少し歩いているうちに「軽トラの点検整備が終わりました。」と携帯電話に連絡があって、無事に軽トラを引き取って帰ることができました。待っているお客さんの目や顔色を気にせずに、点検整備の作業に専念してもらえればいいんじゃないかな、という気遣いが私にはありました。つまり、この『ご時世(という言い方は、私はあまり好ましく思ってはおりませんが。)』では、何よりも、人間関係上お互いに安心安全であることが、社会的にもスムーズに進むような前向きな感じがしました。