私たちはロボット犬をどう見ているか

 今日のテレビのニュースを観ていたら、『ロボット犬AIBO』の新型モデルがソニーから発表されたということを知りました。そこで、私は、ロボット犬とはそもそも何なのか、ということを改めて考えてみました。
 『ロボット犬』をそのイメージから見て言うと、どこからどこまでが『ロボット』なのか、どこからどこまでが『犬』なのか、その切り分けが悩ましいところと言えます。もちろん、それを提供するメーカーの側から見れば、明らかに『機械』であり、つまり、『ロボット』と言えましょう。事実、初代のAIBOが登場したあの頃を考えてみると、その発展形はロボット的な動きに、すなわち、動物の犬の動きというよりも、ロボットでないとあり得ない動きになっていたと思われます。ただし、その頃から、当時のAIBOに対する人気が衰えていったようにも感じられます。『ロボット犬』といっても、所詮(しょせん)ロボットにすぎないじゃないか、という大衆の冷ややかな目があったようです。結局のところ、私は当時のAIBOを購入することはありませんでした。
 しかるに、今度のAIBOの新型モデルは、より本物の動物の犬に似せて作られて、メーカーから提供されているように思われました。外形のデザインはもとより、AIやネットなどの最近のコンピュータ技術をからめた、よりリアルなロボット犬に仕上がっているようです。
 しかしながら、その価格の198000円というのは、私にはちょっと引っかかりました。私の東京の実家の近くにペットショップがありますが、そこで売られている犬や猫のペットの198000円均一の価格と同じなのです。確かに、機械と生き物とでは、その特徴がそれぞれ違うので、単純にその価格で比較するのは間違っているのかもしれません。けれども、メーカーさんの「機械を本物に似せたい」という意気込みが伝わってくるような感じがします。そしてさらに、機械は、必ず本物を超えて、本物以上のスペック(仕様)をもつものだ、というメーカーさんの意気込みも感じられます。
 戌年の1月11日にAIBOの新型モデルを発表するメーカーさんだからこそ、こんなことは百も承知で2百も合点なのかもしれません。が、あえてここで明言しておきたいことがあります。AIBOのような製品を提供される私たちの側は、ロボット犬を結局どのように見ているか、という問題です。こうした製品を提供される私たちにとって、『ロボット犬』のそれは、『ロボット』なのでしょうか。それとも、『犬』なのでしょうか。正直に言って、それは『ロボット』でもなく、『犬』でもないのだと思います。私たち人間のそれに対する思い入れの深さからして、むしろそれを『ペット』として見ている、と考えられます。ですから、メーカーさんの側も、AIBOの新型モデルを飼い主の『ペット』に似せようと躍起(やっき)になっていた、と見ることができます。
 したがって、AIBOのファンを自称する私たちにとっては、『ロボット犬』が『ロボット』であろうと『本物の犬』であろうと、本当はどちらでもかまわないのです。たとえ、現実が、そのどちらかであったとしても、それが私たちの『ペット』でありさえすれば、(あるいは、『ペット』の役割を果たすものでありさえすれば)そんなことはどうでもいいのです。ロボット犬が、私たちにとって必要なものに思われるのは、結局その一点なのかもしれません。
 ということは、ロボット犬がどんなに新型になろうが、どんなに進化しようが、私たちの本当のニーズは変わっていかないのかもしれません。私は、たいそうへそ曲がりなのかもしれませんが、今回発表された新型モデルよりも、見慣れた初代AIBOのデザインのほうが個人的に好きです。AIBOが機械である限り、見た目が本物の犬に似ていなくても、何となく味があるように思えて仕方がないのです。(それがへそ曲がりだ。素直じゃないじゃないか、と言われても仕方ありませんが…。)