『解体新書』の話

 元旦の夜に、NHK総合テレビで『正月時代劇 風雲児たち蘭学革命篇(らんがくれぼりゅうしへん)〜』というドラマ番組を私は観ました。今から二百五十年前くらいの江戸時代に、『解体新書』の翻訳・出版に携わった人たちのドラマでした。こうした人たちの残した業績が、日本の国の近代化に大きく貢献していたというような主旨の時代劇ドラマでした。ただし、時代考証が大ざっぱな現代風の時代劇ドラマということでした。けれども、肝腎なところは、現代の私たちにもわかりやすく伝わったと思います。
 『解体新書』についての物語は、私が小学生の頃にNHKのラジオ番組で聞いたことがありました。『解体新書』を作るために、『ターヘルアナトミア』というオランダ語の書物を翻訳したのですが、「フルヘッヘンド」の意味がわからない。あれこれ昼夜苦労して、やっと、この一語が「うずたかい」という意味を持っているとわかった、というような話でした。そのような仕事に携わった蘭方医(らんぽうい)の一人が杉田玄白であると、私は知りました。
 そして、私は中学二年の時に、国語の教科書の最後のほうに載っていた『蘭学創始の苦心―『蘭学事始』―』という、『現代語訳蘭学事始』からの抜粋文を学びました。それは、杉田玄白さんが83歳の時に書いた回想録『蘭学事始』(らんがくことはじめ)を、後に緒方富雄さんが現代日本語に訳して読みやすくしたものでした。これを読むと、同じ蘭方医の順庵(中川順庵)さんとか良沢(前野良沢)さんとか平賀源内さんとかも出てきて、面白い読み物であるということがわかります。
 その文章の内容には、「意味の見当がつかない言葉には、丸の中に十文字を書いて、いわゆる『くつわ十文字』で印をつけておいた」ということとか、「オランダの書を読み分けて(翻訳して)どうかして一冊の本として一日も早くまとまったものにしたい」という玄白さんの思いが描かれていました。そして、それらのことは、今回私がテレビで観た時代劇劇ドラマでも同じように描かれていました。ただし、「フルヘッヘンド」の件(くだり)については、杉田玄白さんの記述は、フィクションか勘違いだとした上で、”verhevene”(フルヘイベヌ)が「堆(うずたかし)。隆起している。」という意味であることを良沢さんが突き止めたと、今回のドラマの中では描かれていました。こうしたことをドラマで描くことによって、杉田玄白さんの大ざっぱな性格と、良沢さんの緻密で慎重な性格を描き分けていました。
 かつて私が勉強に使っていた、中学二年の国語の教科書の最終章に載っていた、緒方富雄さん著『現代語訳蘭学事始』によれば、「この世に良沢というような人がなければ、この蘭学の道は開けなかったであろう。そしてまた、わたしのような、おおざっぱな人間がなければ、この道はこんなにすみやかに開けなかったであろう。これもまた、天の助けというものであろう。」と書かれていました。今回私がNHK総合テレビで観た時代劇ドラマのストーリーも、この杉田玄白さんの意見に沿って展開していました。その国語の教科書の文章と、テレビドラマ番組の内容がうまくかみ合っていて、私にはとても勉強になりました。