私の本業 一つでも危険な作業を減らす

 今年の、ここ1、2か月間、私の屋外での作業は、かなり大変でした。約10メートルの奥行きしか無かったとは言え、高さ約5メートルで幅6メートルくらいのビニールハウスの骨組みを、一から建てていくのは大変でした。ですが、誰の助力も借りずに作業を続けていました。私は、この手の作業のプロではなかったのですが、いくつかの理由から、そうした困難な作業を一人だけで進める必要がありました。
 表向きは偏屈な人間と思われるかもしれませんが、そうして一人で作業を進めていると、他人を使って進めた場合と比べて、はるかに今まで未知だったノウハウが身につくのです。確かに、時間はかかるし、作業の能率も低いのですが、他人に迷惑をかけない程度にマイペースでできるということは、現場の作業を安全に行えることにつながっていたのかもしれません。
 そして、ここ一月あたりは、新しく建てたハウスも含めて、その屋根に大きなビニールシートを貼るために、私自身には気の抜けない日々が続いていました。なぜならば、これまでは、そうしたハウスの骨組みをビニールシートで覆うために、どうしても高い所で作業をしなければならなかったからです。高い所が怖いからと言って、地上で強引にビニールシートの端を引っ張ってばかりいると、引きちぎれてしまいます。この作業は、助けてくれる人数が多ければ楽になる、というものでもありません。かえって、手伝ってもらった人たち全員が、高い場所で強風にあおられたりして、その命を危険にさらすことになる、という事態にもなりかねません。そうした厄介な作業かつ場所でした。
 そんな危険で厄介な仕事ならば、一切しないほうが安全じゃないか、という意見もあることでしょう。また、ハウスに一度ビニールを貼ったら、破けるまでそのままにして、毎年そんな危険で厄介な作業などしなければいいじゃないか、という意見もあることでしょう。さらに、そうした仕事は、それを専門にやってくれる業者に任せればいいじゃないか、という意見も当然のこととしてあると思われます。
 こんなことを批判をしている場合ではないのかもしれませんが、現代人は我が身を守るために、余りに自らに都合よく物事を見なしすぎているのではないか、と私は思うのです。でも、世間一般は、そんな私の思いを認めてはくれません。あなたのやるべきことは、畑仕事なのだから、わざわざ畑違いのことをする必要はない、と言われるかもしれません。そんな危険で厄介なことは、他人に任せて、つまり、他人に丸投げしておけば何の苦労も怪我もありはしないさ、と一般的なアドバイスを受けるのが普通です。それがこの世の常なのです。
 ハウスの屋根に大きなビニールシートが貼られていなければ、きゅうりなどの農産物の生産力は落ちてしまいます。だから、誰かがその作業をしなければならないのは、事実なのです。では、そうした作業を請け負ってくれる誰かにやってもらうのが一番良いかというと、そうでもないのが現実です。危険で面倒で厄介な作業のため、誰も自ら好んでそうした仕事を選ぼうとしないのが現実なのです。仮に、そうしたことを仕事で選んでいる人に頼んだとしても、通常は、それ相当の代価をお金で支払わなければやってもらえません。
 しかし、もしものことを考えてみると、他人に任せて何かの事故が起きた場合、その損害賠償は甚大(じんだい)なものとなってしまいます。お金の面においても、気持ちの面においても、その不幸は、私自身の負の遺産となってしまいます。だから、危機管理ということを、近年私たちはあらゆる場面で要求されるのです。この世のいかなる物事にも、絶対に安全などということは有りえないわけです。
 それにまた、私には、もともと財力といったものが無かったので、他人に頼ろうとかお金に頼ろうとかといったこと自体が、考えられませんでした。
 大きなビニールシートを毎年のように貼りかえることが大変であることは、以前から私にもわかっていました。なので、私も、以前は、定期的にハウスの屋根のビニールシートを貼ったり取り外したりはしていませんでした。そのビニールの素材が天候の変化で劣化して、破けてしまっているのを見つけると、ビニールハウスの屋根にのぼって、修復作業をしていました。その部分的に破損した箇所を、修復テープを使ってできうる限り直していました。その破損部分がどうしようもなく拡大して、修復不可能になった時点で、新たにビニールシートを購入し、全体をそっくり貼りかえることを考えることにしていました。
 ところが、そのやり方では、うまくいかなくなりました。ビニールシートの材質が年を追うごとに弱くなっている、すなわち、耐久性がなくなってきているという事実があって、購入したビニールシートの寿命が短くなって、その張り替え時期がすぐ来てしまうようになりました。実は、当時から、強風によってビニールハウスが倒される、という被害が長野県各地で起こっていました。ビニールシートの材質が頑丈だと、ハウスの鉄の骨組みが歪んでつぶれてしまうことが多かったため、あえて耐久性をなくす必要があったらしいのです。
 そして、さらに、今から3年ほど前に、私は、大雪の被害を受けてしまいました。その時に、ビニールシートを屋根から外していなかったハウスの施設を、その骨組みごと全部つぶしてしまいました。(意外なことに、以前の暴風でビニールシート全体が破けてしまっていたハウス設備の骨組は残りました。それは、大雪につぶされることはありませんでした。暴風でビニールシートの損害は受けたものの、皮肉にも、ハウス自体の損害は受けなかったわけです。)ただし、大雪でつぶれた物件が、地元のJAからリースで借りていたビニールハウス(すなわち、リース物件)だったため、つまり、それは私の持ち物(財産)ではなかったため、被災による補助金は一銭ももらえませんでした。
 それどころか、JAからのリース物件を雪でつぶしてしまったのは(つまり、ビニールシートをハウスの屋根から外しておかなかったのは)、明らかに私の過失でした。それに対する弁償金を、私はJAに支払わなければならなくなるのではないかと、ビクビクしていました。けれども、今回は、地元のほとんどのビニールハウスが被災に遭って、同じように大雪につぶされていました。そのため、幸いなことに、個人的に損害賠償を請求されることはありませんでした。しかし、それ以来、雪の降る可能性のある冬場は、毎年ハウスの屋根のビニールシートを外しておかないと、私は安心できなくなりました。
 そんなわけで、ここ2年ほど前からは、冬になるとハウスの屋根からビニールシートを地面に降ろして、春先になったら、ハウスの屋根にそれを貼るという一連の作業が、私が毎年行う仕事の一つとなりました。年ごとに慣れてはきているのですが、去年の春先の作業中に、ハウスの屋根の上でうっかり足を宙に踏みこんでしまいました。以前このブログ記事でも述べましたが、たまたま、鉄の骨組みに両ひじが引っかかってくれたおかげで、転落事故を免れました。高校時代に足立体育学校(俗称)で体を鍛えていたことが役立って、怪我一つ負わなかったと書きました。
 けれども、あの時は、たまたま事故にならなかったから良かったものの、いつもそうなることを期待してはいけないと思いました。そこで、今年の私は、なるべくハウスの屋根にのぼらずに、地上で何らかの操作をして、ハウスの屋根にビニールシートを貼ることができるよう試みることにしました。
 過去に、地元の専業農家さんのやり方を観察していたことを思い返してみました。すると、地上で木材や鉄パイプなどの棒で、帯状に束ねたビニールシートを押しこくって、パイプハウスの屋根の上に持ち上げていく方法を、私は見たことがありました。その方法は、おおぜいの人で作業をしていて、ビニールハウスの規模も小さかったので、私がリースで借りているやや大きなハウスには使えそうにありませんでした。
 けれども、今回私は、今までとは別の発想をしてみようと思いました。例えば、チンパンジーが、直接手の届かない所のバナナを長い棒を使って取ろうとする、という話があります。誰もが知っている話です。私は、そのチンパンジーの発想力を真似てみたく思いました。もっとも、チンパンジーにしてみれば、バナナが欲しかっただけのことであって、長い棒にはもともと興味が無かったかもしれません。でも、長い棒という道具を手につかんで何かをしようとした点は、真似できそうな気がしました。
 すると、この春先に何の利用価値も無かった大量の鉄パイプが、借りている農地の脇に積んであることに気がつきました。その太さが19ミリあって、長さは4、5メートルある鉄パイプを、通常は、夏と秋のキュウリを栽培するための支柱を補強するためにだけ使っていました。冬場に栽培設備を片付けて、それらの鉄パイプは、農地の脇の地面に毎年積んでおくのです。しかし、春先のこの時期はまだ、キュウリの栽培作業には入っておらず、何のためにも使用していませんでした。それらをハウスの屋根のビニールシートを貼るのに何らかの道具として利用しようと、考えついたのです。
 鉄パイプの長さが5メートル前後あったため、ちょうどハウスの屋根の上に突き出すことができました。そこまでビニールシートを持ち上げる途中にも、その鉄パイプの棒をいくつも、立てかけておき、長さ20メートルほどもあるビニールシートの重い帯状の束を、それら鉄パイプの棒に引っかけ上げながら段階的に少しずつ上に引っ張り上げていくことができました。最初は、私自身、少し屋根の上にのぼらなければなりませんでしたが、以前ほど無理をせずに作業ができるコツがわかってきました。例えば、ビニールシートの帯状の束の一方の端っこを屋根の上に引っ張り上げる方法は、高い場所に長くて重いものを力いっぱい引き揚げなければならなかったため、大変危険な作業をしていました。そのようなビニールシートの束全体を複数の鉄パイプで支えながら、いつも水平な状態にしておいて、屋根の上に持っていくならば、前より作業に少し時間はかかるけれども、小さな力で楽に作業ができることがわかりました。しかも、ハウスの屋根の上に直接のぼらずに、地上で力を出すことできるので、高い所から転落の危険を避けることもできました。
 もう少し工夫して、ハウスの外側から、そのビニールシートの帯状の束をマイカー線(針金入りのビニール線のこと。)で少しずつ引っ張り上げていきます。そして、ハウスの内側に大きな脚立を立てて、鉄パイプを長い杖にして、脚立の上に立ち、屋根の一番高い所に手が届くようにします。そこで、持ち上げておいたビニールシートの束を、地面に立てた2本の鉄パイプで挟みこんで固定します。何箇所かそうした拠点を作っておき、地上に降りてから、何本かマイカー線をハウスの外側から飛ばして、ビニールシートの束全体をハウスの屋根のてっぺんにくくりつけておきます。そうしてビニールシートが風で飛ばないようにできたら、ハウスの端から順番に、立てた鉄パイプの棒をはずして行き、ビニールシートをハウスの屋根面全体に広げていきます。その操作をハウスの屋根の上にのぼらないで、地上で安全に行うわけです。
 今回私が、ハウスの屋根の上にのぼらざるを得なかったのは、上に述べた段取りが最初わからなかった時と、不覚にも強風が吹いて、ハウスの屋根の上に持ち上げたビニールシートの束が、船の帆のように風を受けて広がってしまった時でした。私は、仕方なく非常手段で屋根の上に駆け上がって、ビニールシートを再び帯状に束ね上げる作業をしなければなりませんでした。もっとも、これまでは、必要とあらば何度も、ハウスの屋根にのぼって作業をしていました。それと比べれば、かなり安全に作業ができるようになった言えます。かなりの進歩があったと、自画自賛しています。
 これからも何年か、こうした作業を毎年やっていくに際して、危険で厄介な作業にそのまま我が身をさらし続けるのは、限界があると思いました。万年人不足のために他者の助けは得られず、苦労ばかりしています。けれども、今回の件で、少し希望の光が見えたことも事実でした。
 長くて重い鉄パイプの資材はたくさん残っていました。そうした資材をうまく利用して、少しでも安全に、一つでも危険な作業を減らせることができれば、それにまさる仕事上のイノベーションというものは、他にはないと私は考えています。