私の本業 予定に無かった労働

 ここのところ、私の生活をしている地元では、日中は物凄く暖かいのに、朝晩が意外に涼しい(と言うよりか、寒いに近い)日々が続いています。風あるいは空気がなま暖かく感じられるようになったのは、ここ2、3日のことで、それまでは、冷たい北風がビュービュー音を立てて吹いていました。時々、私はそれが気になって仕方がありませんでした。
 先月の中頃に、そのような例年と違う天候のパターンに私は気がつきました。そこで、それまで予定していなかった労働を思いつき、作業を始めました。レタスの苗を40日間くらいで作って、4月の下旬あたりに地元の農産物直売所で売ろうと考えたのです。
 それは、3年前に大雪でビニールハウスをつぶされて中断してしまった作業でした。それまで毎年やっていた、春先にレタスの苗を作る作業を、4年ぶりに再開するということでした。
 レタスの種は、その地元の農産物直売所で販売していた、価格の安い小袋でした。その1粒1粒は、コーティングがされていないため、吹けば飛んでしまいそうな、細かなゴミのようなものでした。種まき機械や育苗器械を持っていない私は、それを255連ポットシートに一つ一つ指先につまんで、あるいは、ピンセットに挟んで植えるということをしていました。かなり細かな作業で、知らない人が見たら、とても農業とは言えない作業でした。
 しかし、植えた時期がよかったのと、その後の面倒みがよかったために(つまり、かなり時間と手間をかけたので)、ほとんどは無事に生長してくれました。ちゃんと芽が出て成長したものを、小さいポットから大きいポットに移し替えてみたところ、1000本近くレタスの苗ができました。
 そのように数はそろったのですが、問題は、その苗の品質でした。レタスは、根っこが丈夫に育っていないと、苗を地面に植えた時に、大きくならなかったり枯れてしまいます。毎年、地元のホームセンターや農産物直売所で見かけるレタスの苗は、葉っぱは大きいのですが、老いた苗で、根っこが伸びきっている(生長しきっている)ものが多いように、私には感じられました。栄養のある培養土で肥え太ってはいるものの、植えられた地面に新たに根っこを張り出す元気とか勢いがあるようには見えないのです。しかも、現在私が暮している地元では、どこも粘土質で地面が硬くて、何度も耕していないとレタスの苗は根付きにくいのです。
 かつて苗を専門に作る農家をやっていた人から「そんなの理屈だ。黙ってろ。」と先日私は怒鳴られたのですが、やはり、これは無視できない問題だと思いました。私は、以前から、私のレタス苗を買ってくれた人に「この前、黒田さんから買ったレタス苗、かっちゃくしたよ。」という話をしばしば聞いていました。別に私はそのことを自慢する意図はありません。地元で昔レタスを栽培していた農家さんから、私は10年前に、レタスの苗の作り方を教えてもらって、どういう苗がかっちゃくしやすくて、その後の栽培がうまくいくかを学びました。若干、私なりの改良やアレンジを加えていますが、基本は、その今は亡くなった農家さんに教えてもらった、そのノウハウに従っているだけです。「レタスの苗が無事にかっちゃくしたよ。」と他人から聞いても、それまでは当たり前のことと思っていました。
 近年、野菜の苗に関しては、培養土や容器などの資材の値段が高騰して、苗を専門に作る農家さんがやめていってしまうことが多くなりました。また、苗づくりの合理化・機械化で多額の資金が必要となって、『業者さん』と呼ばれる会社すなわち企業が進出してきました。従って、こうした苗作りは、『業者さん』や一部の契約農家さんの、ひとり勝ちになってしまったようです。しかし、その『ひとり勝ち』が、ある種の『おごり』を生んでしまっているのかもしれません。
 すべての苗を育てるプロではない私が言うのもなんですが、どうも変な気がします。お店に並んでいる最近の野菜苗は、どれも見た目は栄養が行き届いていて、スラっとしていてキレイなのです。お客さんは、商品を見た目で判断します。しかし、お客さんの目をどこかで欺いている気がしてならないのです。どのような場合でも、それが私の思い過ごしであったならばいいのですが、少なからずそのような気がしてなりません。
 その根拠を私の記憶に求めてみれば、過去に実際に野菜を栽培している農家さんを見学していたことに行きつきます。例えば、トマト農家さんがトマトの苗を畑に植えるというので、それを見に行って、そのコツを学びました。畑に植えるのは一番花(か)が付いている苗だ、とか知るわけです。ところが、先日ホームセンターでトマトの苗を見ると、どれもまだ一番花が付いていない苗でした。一番花がまだ付いていないトマト苗を植えるのが最近の流行だ、と業者さんから説明されれば納得せざるをえないのですが、ちょっと不思議な感じがしました。(もちろん、仕事には納期がありますし、ビジネスとして納得せざるをえないのかもしれません。)
 私の憶測や妄想は、今回はそこまでに致しましょう。今回のレタス苗は、40日から50日くらいでじっくり栽培することができました。電気エネルギーを必要とする育苗器械を使わずに、あえて硬い土や、太陽や冷たい風などの自然の力を借りて、元気で丈夫なレタス苗ができたことを幸いに思うことにしました。そういうわけで、もともとの予定になかった作業が、私の労働として増えてしまったという話をさせていただきました。