私の本業 今年の野菜苗の取り組み

 今回は、前回の記事で予告していた、体罰に関する私の体験と意見を述べる予定でした。けれども、二、三週間前から野菜苗を売りに出していた直売所で、レタスとサニーレタスとグリーンボール(春キャベツ)の苗の需要が増えてきて、私はその出荷のための作業が忙しくなりました。例年になく、お客さんに出しても恥ずかしくない苗が大量に出来上がりました。苗というものは生き物であり、今この時を逃すと、大きくなりすぎて、大量に売れ残ります。つまり、売り時を失くします。この二、三週間というもの、私は何としてでも、手元に出来た大量の野菜苗を売りつくそうと、実際にそれらを売りつつも毎日思案に明け暮れていました。
 よって、当初予定していた『学校の体罰』に関するテーマは次回の記事以降によるものとして、今回は現在稼動中の本業をテーマとして書いてみることにしました。
 去年すでに苗屋さんからは、野菜苗が売れないから今年は注文が減るよ、と宣告されていました。地元のホームセンターが野菜苗を売ることに本腰を入れだしたために、苗屋さんが苦戦を強いられることとなったからです。苗屋さんとしては、今のところ打つ手が無いそうです。ホームセンターのやり方に追従して、苗の品揃えを増やしていくしか術(すべ)は無さそうです。少量多品種の苗を並べなければ、お客に買ってもらえないというのでは、商売としてはとても苦しい状態にあると言えます。苗屋さんにとっては、苦渋の選択と言うしかありません。
 その原因は、苗屋さんの苗の価格が従来どおりに高かったことに原因があると言えます。生産者の側の私は、苗屋さんに出荷する場合、市販の価格よりも安い値段で提供します。苗屋さんは、その価格に値段を上乗せしてお客さんに売ることで利益を得ています。ところが、近年ホームセンターでは、苗屋さんの価格よりも少しだけ安くした販売価格で野菜苗を売るようになりました。ホームセンターで売られている苗が1円でも安いと、苗屋さんはお得意さんを失うようになりました。
 また、ここ数年、春先は天候が荒れていていたり、畑の状況が悪かったりして、お客さんが買った苗がちゃんと生育できずに失敗するケースが増えています。せっかく苗にお金をかけて買ったのに栽培が上手くいかなくて、結局、農産物の完成品を買った方が安くて楽で得をすることが多くなりつつあるようです。野菜を自給するよりも、スーパーで欲しい時に買った方が合理的である、と多くの人たちが考えるようになりつつあります。
 苗屋さんは、そうしたことが原因で自らの稼業がピンチになってきていることをよく知りません。たとえ知っていたとしても、苗の販売価格を下げることは減収につながると商売人としては思ってしまうために、価格の安さでホームセンターと勝負することができません。現に私も、去年は直売所へ出荷する苗の販売価格を下げたために、苗の本数が売れたにもかかわらず減収になりました。去年は震災の影響で苗を買う人が減ることを心配して、私は思いきって直売所での販売価格を下げたのですが、その結果は良くありませんでした。このことから、苗屋さんは商売人としては正しかったと言えます。
 しかし、苗を買って自分の畑や庭で育ててみたいと思うお客さんの気持ち(要望もしくは要求)から、苗屋さんが遠ざかっているのは事実だと思います。苗屋さんは、従来の商売の原則に縛られて、新しいお客さんの開拓ができていません。しかも、ホームセンターに客数を奪われています。それが、元サラリーマンであった私の分析結果です。しかしながら、そのことへの対策を、私が出荷を約束している苗屋さんに強要することはできません。それで、私は私なりに、苗屋さんから注文が減った分をどう売っていこうかと毎日思案に明け暮れていたわけです。
 私はもともと、この仕事を夢や希望や憧れでやっているわけではありません。アルバイトの人には働いた分のアルバイト代を払わなければなりません。また、大量の育苗ポットなどの農業資材の購入にかかった費用(もちろん消費税込み)も無視することはできません。収支が赤字にならないためには、出来上がった野菜苗を一本でも多くお客さんに買ってもらうしか方法がありません。ですから、いくら心に夢や希望や愛や憧れが仮にあったとしても何も役には立ちません。本当に必要なのは、目的とか目標とか戦略なのです。生きがいやこだわりや信念よりも、理性による判断と行動が重要なのです。
 そのような説明は意外だと思っている人も多いと思います。しかし、それが現実なのです。私はかつてこの仕事を始めた当時(つまり、就農して間もない当時)に、農家さんたちからこんなふうに言われることがよくありました。「お前らはいいなあ。好きな仕事が出来て。夢と希望と憧れがあって…。この仕事に夢と希望と憧れがあって、この仕事に就けたのだから、幸せなもんだね。」と自嘲気味におっしゃいました。その農家さんの口ぶりは、まるで長年会社で強制労働をさせられてきて働くのがイヤで仕方がないという感じと同じでした。
 誰だって、自らの思い通りに仕事が進んでくれれば、何も文句はありません。しかし、お客さん相手では、そうも行かないことが多いのです。いわゆる企業努力などをしていることについて、お客さんに合理的で筋の通った説明ができないと、生産や出荷や商売を続けていけないのではないかと思います。
 例えば、レタスや春キャベツやサニーレタスやブロッコリなどの苗を無農薬で作っています。それは、お客さんに無農薬野菜を作るように勧めているわけではありません。逆に、お客さんが必ず農薬を使わなければならない、というわけでもありません。農薬を使わなくても栽培できるのであれば、それにこしたことはありません。問題なのは、農薬を使わざるおえない場合です。農薬には、誰でも遵守しなければならない希釈倍率や散布時期や散布回数があります。農薬の散布回数は、1本の植物でそのトータル回数が決まっています。それをなるべくお客さんの散布回数に割り当てたいがために、私のほうでは苗への農薬散布をしないで栽培するわけです。その意味は、苗を買ったお客さんの栽培の自由度を広げる(お客さんに植物の栽培をやり易くする、もしくは、栽培に失敗しないようにしてもらう)ことにあります。
 つまり、買って損をするような野菜苗をお客さんに提供しないことが、この仕事の一番の目的と言えます。買って得をしてもらえるような商品を提供できてこそ、従来のお客さんのリピーターも増えて、かつ、新しいお客さんも増えると思います。