あの映画のサウンドトラック盤を求めて

 今から30年近く前に、20代半ばを過ぎた私は、12月クリスマス特別ロードショーとして、ある映画をテレビで観ました。それは、『恋におちて』という邦題の、原題が”Falling In Love”という、1984年に制作されたアメリカ映画でした。劇中で、クリスマスのニューヨークのマンハッタン街の様子が映像化されていました。そのことが理由だったらしくて、1987年当時、12月のこの時期に、この映画がテレビでやっていました。
 その頃の私は、既に社会に出てコンピュータ・プログラマとして働いていて、兵庫県高砂市に仕事の都合で出張勤務を1年ほどしていました。N社の担当者と現地に行って毎晩遅くまで、コンピュータ・システムの動作テストに明け暮れていました。少しでも早く宿舎に帰れた日は、N社の担当者につきあわないで、借りていた小部屋に一人でこもって休眠していました。当時の私は、都会から来たにもかかわらず、夜遊びをしない真面目な人間だったのです。
 そんな頃に、この映画を初めてテレビで観て、未婚で独身の若い私は、ショックを受けました。ロバート・デ・ニーロさんとメリル・ストリープさんという、当時のアメリカ映画の二大スターの共演の映画だったにもかかわらず、実はW不倫の映画だったのです。日本では、『金曜日の妻たちへ』というテレビドラマの元になったと言われ、小林明子さんの『恋におちて −Falling In Love−』というそのドラマの主題歌もよく知られていました。私は、小林明子さんの歌は知っていましたが、それが主題歌となったドラマの方は一切、観ていませんでした。やはり、『不倫』ということに私自身の倫理観が邪魔をしていたのだと思います。あの頃の私は、会社から与えられた仕事に一生懸命に取り組んでいたこともあり、結婚に対して、並みならぬ理想を抱いていました。従って、この映画を観たその晩は、今まで感じたことのないほどのショックを受けました。
 この映画では、ロバート・デ・ニーロさんの演じるアメリカの普通の中年男性と、メリル・ストリープさんの演じるアメリカの普通の中年女性が、恋におちいるドラマが描かれています。その二人の出会いは、多分に運命的であるように描かれていました。しかも、この映画は、不倫の映画というよりも、もっと違う視点で描かれた『大人同士の恋愛映画』という特色が濃いようでした。つまり、「結婚した後に、運命の人に出会ってしまったがために、お互い結婚していたことがアダとなってしまった。」ということを描いた映画のように思えました。だから、これから結婚したいと考えている一般の若い人たちに、それでいいのかと考えさせる、稀有(けう)な映画に思われました。もちろん、当時20代半ばの私も、この映画が教えてくれたそういったテーマを考えさせられて、そういった問題に悩むこととなりました。
 実は、私は、以前『クレイマー、クレイマー』(”Kramer vs. Kramer”)を映画館へ観に行ったことがありました。私は、その時に女優のメリル・ストリープさんをその映画で初めて知ったのですが、その映画の役柄と共に大嫌いになりました。そして後に、『永遠に美しく…』(”Death Becomes Her”)等をテレビのロードショーで観たのですが、どうしても好きになれませんでした。このように、もともと私は、メリル・ストリープさんをその役柄と共に嫌いでした。ところが、この『恋におちて』(”Falling In Love”)という映画では、共演のロバート・デ・ニーロさんとの息の合った(あるいは、馬の合った)演技を観ることができて、特別に好きになってしまいました。私の妄想によると、私がロバート・デ・ニーロさんの役柄を演じて、メリル・ストリープさんのような中年のおばさんと、エッチはできないけれど「恋におちて」みたいな、と真剣に思っていました。それが、私の20代30代の頃の願望の一つだったようです。
 それほどまでに、この映画は『モーション・ピクチャー』”motion picture(映画などの映像作品)”の名にふさわしい映像作品だったと言えます。当時の、ほかのアメリカ映画のイメージからすると、これほど地味で堅実に作られた映像作品は珍しかったと言えます。VHSビデオ版に付いてきたプロダクション・ノートを見ても、ニューヨーク郊外を走る、普通の通勤電車やその駅が、この映画の舞台となったり、ニューヨークの街中でロケが行われたりしたとありました。今話題のあのトランプタワーでも、撮影が行われたそうです。ザックス百貨店やリゾーリ書店やグランド・セントラル駅などの、ニューヨークのいろんな場所が出てくるのも、この映画の魅力の一つだったと言えましょう。
 そうした映像もさることながら、この映画の要所ごとに演奏されていた音楽が、素敵に思えました。その音楽の作曲と演奏指揮を担当していたのは、デイヴ・グルーシンDave Grusin)さんという人でした。彼は、他の映画音楽でも有名な人でしたが、特にこの映画の音楽は、私の耳に残りました。洋楽だけれども、耳にすんなりなじむという感じがしました。私は若い頃から、この映画を観るたびにその音楽を聴いていたわけですが、いつしかその音楽を聴きたいがために、この映画を観るようにさえなっていました。
 すると、この映画のサウンドトラック盤が欲しくなりました。もう、かれこれ10数年前のことですが、そのサウンドトラック盤を求めて、渋谷や池袋や上野や秋葉原などのCDショップを一人で探し回りました。けれども、何処に行っても見つかりませんでした。映画のサウンドトラック盤のコーナーがあっても、『恋におちて』あるいは”Falling In Love”という、この映画のタイトルの付いたサウンドトラック盤は、私には見つかりませんでした。結局、日本では売ってないんじゃないかな、それとも、CD自体が作られていないのかなと思ってしまい、そのサウンドトラック盤を入手することはあきらめるしかありませんでした。その代わりに、VHSビデオで、そして後にはDVDビデオで、本編の映画を観て楽しむしかありませんでした。
 ところが、つい、最近になって、インターネットのYouTube動画サイトを検索しているうちに、この映画のサウンドトラック盤の抜粋を紹介している動画にたどり着きました。やはり、この映画のサウンドトラック盤は存在していたのです。現在の私にとっては、そのことがわかっただけで十分でした。それだけでも、満足な気分になれました。YouTube動画サイトを通じて、この映画のサウンドトラックを聴いても、やっぱりいい音楽だなと思いました。