えび天の一作品を再評価する

 この年末年始の、とある深夜に、私はテレビで『ニュー・シネマ・パラダイス』という映画を視聴していました。なぜこの映画を観ようと思ったのかと申しますと、その映画音楽を使った前川衛監督のえび天作品『仮面ライダーV3 ~華麗なるsay good bye~』のことを憶えていたからです。『えび天』とは、『三宅裕司のえびぞり巨匠天国』という番組名の略称です。その映像作品の一つの、音楽のもとになった映画『ニュー・シネマ・パラダイス』がどんな映画なのかを、今になって私は知りたくなりました。なぜ、このコロナ禍に、そのような映画が深夜のテレビでやっていたのか、つまり、それには何か意味があったのかもしれませんが、それを考えるのはひとまず後にすることとして、とりあえずその映画を私が観たという事実だけをここでは記しておきます。
 以前私は、2013年のブログ記事の一つで、そのえび天作品について、通りいっぺんの紹介と感想を書きました。しかし、今回このコロナ禍で、再度その映像作品を見直してみました。すると、前には気がつかなかった、あることに気がつきました。
 この映像作品には、2つの大きな見方がありました。一つは、2013年のブログ記事でも書いた通りの様々な賞賛の意見でした。もう一つそれとは反対に、当時TBSアナウンス部副部長で、映画にも詳しくゲスト審査員として出演されていた林美雄さんの意見がありました。「情緒的な甘いハッピーのパターンになりすぎている。」という指摘がございました。TBSアナウンス部では、MCの福島アナの「お父さんみたいな」上司であったからかもしれません。なるほど、子供を心配する親の目線からすれば、この映像作品の内容は、10代の子供たちの恋愛のざれごとであり、「ハッピー。ハッピー。」ばかりでは不安で観ていられない、すなわち、子供のいる親として素直に観てはいられないというわけだと思います。正義のヒーローの仮面ライダーV3が登場する必然性をさえ疑っていらっしゃいました。
 このような評価は、1991年当時の日本を考えても、いたしかたなかったと言えます。大きな自然災害やコロナ禍で多くの人々が毎日つらい目に合っている現在と比べると、平成初期のあの頃は、ある意味まだまだ幸せな時代だったのかもしれません。そのような批判的な評価をできるだけの余裕が当時にはあった、と考えるべきなのかもしれません。
 この映像作品に対する現在の時点での私の評価は、映像技術的な面では以前とそれほど変わっていません。再評価してみて何が変わったのか、という点について以下に述べておきます。前にも述べましたが、大きな自然災害やコロナ禍で、多くの人々の日常的な意識が少しずつ変わってきています。1991年の当時では、それほど気にしなくても普通に生きて行けたことが、今はそうではありません。これから生きて行くために、ガチで向き合っていかなければならないことも増えました。もともと人生には、どうにもならない運命みたいなものがあって、長く生きれば生きるほどその後悔と苦しみを背負っていかなければならない、という側面があります。そのことを知って、それに向き合うのは誰しもつらいことです。そのようなつらい体験を経(へ)て、10代の目線に帰って、このえび天の映像作品を改めて視聴してみると、私は胸の苦しさを感じて、それがいつまでも消えませんでした。
 「お互いに本心を告げられずに、最後に会うこともなく、女の子の方がどこかへ転校していってしまう。」という、どうにもならない運命みたいな不幸とは、ある意味『目に見えない悪の怪人みたいなもの』です。少し幼稚な考え方かもしれませんが、そこに、正義のヒーローとしての仮面ライダーV3の登場の必然性がある、というわけです。確かに幼稚です。にもかかわらず、それを単なる稚拙(ちせつ)な考えと笑っていられない現実を、現在の私たちは目撃しています。正義のはき違いという、いわゆる自粛警察やネットのひぼう中傷が、他人を苦しめたり死に追いやるという現実を、現在に生きる私たちは知ってしまったのです。本来、正義の味方はどうあるべきなのか、あるいは、知らず知らずのうちに悪に成り下がってしまっていいものなのか、ということを、この世を憂(うれ)う皆様や、自粛警察の皆様方はもちろんのこと、私たち各人が判断し検討することが求められております。
 なお、さらなる作品の理解を進めましょう。この映像作品が制作された1991年頃の時代背景を、もう少し振り返って検証してみます。悪の怪人が現れない正義のヒーローなんて、ちょっと考えられない、というのが当時の世間の常識だったと思います。当時の子供向け番組といえば、どれも勧善懲悪のストーリーで理屈なしに楽しめるようにと、わかりやすく制作されていました。正義のヒーローの繰り出す必殺技で、悪者の怪人がやられて爆発するという演出を、視聴する側は手放しで受け入れてスッキリしていました。今でも、そんな昭和仮面ライダーのファンだという大人たちも少なくはない、と聞いています。
 思い返せば、1991年は仮面ライダーBLACKがオンエアされていた頃から3、4年は経(た)っていたと思います。平成仮面ライダーシリーズが始まったのが2000年からでしたから、このえび天の映像作品は、それよりもずっと前に作られていたことがわかります。そんな時代に、悪の怪人や怪物や怪獣といった『目に見える、具現化された悪の存在』をあえて映像化しなかったことが、ある意味で先駆的な点だったのです。今でこそ、どうにもならない運命に対して抗(あらが)う人間の心を応援して助けることが、平成仮面ライダーシリーズなどでは定番となっていますが、1991年の当時としては、革新的なアイデアだったのです。
 そこで、私が、このえび天の一作品を改めて視聴して感じた、情緒的な苦しさとはどういうものだったのかを表現したいと思います。それは、全く別の時期に私がテレビで観たある出来事に、よく似ていました。それは、喜劇王チャップリンの特集番組でした。チャップリンの短編映画の中から一つの映像シーンが紹介されていました。
 主人公を演じるチャップリンが、器に入ったミルクを手に入れました。ところが、彼は貧しくてお金が無くて、そのミルクに浸して食べるパンがありませんでした。そこで、身近にいた犬の尻尾(しっぽ)を捕まえて、その尻尾をミルクに浸して、それを一口ずつしゃぶるのです。そうして、パンをミルクに浸して食べる代わりにしたという、それだけの映像でした。
 ところが、その番組中のスタジオで、とんでもないことが起こりました。そのスタジオで映像を観ていた出演者の一人に、あのねむの木学園の園長だった宮城まり子さんがいらっしゃいました。彼女は、そのチャップリンの喜劇の映像の断片を観た直後に、いきなりワンワンと大声で泣き出したのです。周りの出演者も、番組のスタッフの人たちも、その場の雰囲気ということで、彼女が泣き出したことを容認しました。私は、その時そのテレビを観て、チャップリンの喜劇の裏には、現実の人生のどうしようもない悲しみとか苦しみとかが『隠された映像』として描かれていることを知りました。言い換えれば、そうした人生のどうすることもできない運命とその悲しみや苦しみをベースあるいは背景にして、みんなが笑える彼の喜劇映画が制作されていた、ということなのだろうと思いました。
 前川衛監督のえび天作品『仮面ライダーV3 ~華麗なるsay good bye~』を今回私が改めて視聴して、ひしひしと感じられたその『苦しさ』とは、そのようなチャップリンの喜劇映画に感じられるものと共通の『苦しさ』でした。そしてさらに、それは(今回はあえて記述しませんでしたが)『ニュー・シネマ・パラダイス』という映画の劇中に描かれた、若い男女の不幸なすれ違いとその『現実の人生のどうしようもない運命』による苦しみや悲しみとも共通しています。つまり、それらが、今回の再評価で私が一番気づいたことでした。