TPPでアンパンマンの精神を伝えてほしい

 先日、アンパンマンの作者として知られている漫画家のやなせたかしさんが亡くなられました。テレビでも、いろんな番組でやなせたかしさんがどんな人だったかを報じていました。それらを拝見して、私にもいくらか思い当たることがあるため、今回のテーマとして書いてみようと思いました。
 私は、三十代の頃、某デパートのイベント会場で漫画家やなせたかしさんのサイン会があるというので、アンパンマンバイキンマンの絵のパネル看板をデジタル印刷する仕事をしたことがありました。私の年代ではアンパンマンをテレビで観ていませんでしたが、その時にやなせたかしさんがアンパンマンの作者であることを知りました。ただし、「手のひらを太陽に透かしてみれば…」という有名なフレーズの歌は、私が小学生の頃に習って、その歌詞を今でもよく覚えています。それが、やなせたかしさんの作詞であったことをよく知らなかったにもかかわらず(作曲は、いずみたくさんであったと当時から知っていましたが)、童謡みたいに覚えていて、今でもカラオケなしで歌えます。「三つ子の魂、百まで」といったところでしょう。
 アンパンマンの正義とは、目の前で飢えている人を救うことにあるそうです。そのために、アンパンで出来ている自らの頭を相手に食べさせるのだそうです。そのようなことを私は知りませんでした。物質的に豊かになった今の私たち大人が考えたら、どう考えても変です。子供たちが、そのようなアンパンマンを受け入れることができるということが、しばらく私には理解できませんでした。しかし、子供たちはそれだけ頭が柔軟なのかもしれません。飢えて困っている人への、自己犠牲の精神というものが、何の私心もない子供たちには素直に伝わるのだと言えます。
 戦後日本の原点はそこにあったのだと、実は言ってもいいのかもしれません。日本の経済が成長し、成熟する方向を取ったのは、一つには、そうした「国民を飢えさせない」という考えがあったからだと思います。日本の農業に関しても同様で、そうした「国民を飢えさせない」という考え方が、今日までの国の政策や、JAという圧力団体の活動の根底にあると考えられます。よくJAと言うと、その圧力団体の既得権益とか聖域とかが、この国では問題になりますが、私はそのような見方は(都会的ではあるけれども)世界的に見てスケールが小さいと思います。世の中がグローバル化を目指しているのに、大事なことを見落として違う方向へ行ってしまう危険があるように思われます。
 JAもしくは日本の農家とその流通業者が、今日まで共通で目指してきたことは、『国内で自給できる食料の安定供給』にあったと言えます。そのための国からの補助金政策だったわけです。私たちは、みんな生きていくために、食べ物をちゃんと摂取していかなくてはなりません。お金を食べるわけにはいかないのです。日本の農家や農業が遅れていて前近代的だと批判されることがしばしばあります。けれども、それは日本の成熟した産業もしくは成熟した経済からの見方であって、グローバルな見方ではないと思います。
 そこで、先日のTPPの会合に関するニュースで、一つだけ私には気になることがあるのです。パートナーシップに基づいて国際的にうまくやっていくことはもちろん必要なことです。その場は戦場と言うよりも、お見合いパーティーのような感じがします。
 私はふざけて言っているのではありません。私も若い頃にお見合いパーティーに参加したことがありますが、その緊張感と面倒くささは想像を絶するものでした。しかも、話がまとまらない。「お願いします。」とプロポーズしても、「ごめんなさい。」で拒絶されることが少なくありません。その一方では、こちらが求める以上に、相手からも多くの条件を求められます。
 聖域なき関税撤廃に、私は一消費者として反対するものではありません。日本では物価も消費税も上がる予定だし、一消費者として輸入品の価格が吊り上げられないことを期待しています。日本がもし国内自給よりも、海外の食料に全面的に依存するというのならば、無条件で関税撤廃をするべきではないと考えられます。先に述べた「国民を飢えさせない」という戦後日本の大原則に立つならば、『国際的な食料の安定供給』を相手国と確約するべきだと考えられます。
 つまり、相手国が病害虫や干ばつなどの被害のために重要品目の予定していた供給量を下回った場合は、他のTPP加盟国がそれを補ってその品目の供給を行うものとして、その品目の価格を吊り上げてはなりません。また、他のTPP加盟国は、TPP非加盟国への供給よりもTPP加盟国に優先してその品目を供給しなければなりません。
 そうした国際ルールを発案せずに、ただ単に全品目の関税撤廃をしましょうなどと交渉するのは、その場でただの仲良しグループにはなっても、後で裏切りやしっぺい返しを食うだけだと思います。ここは、アンパンマンの精神を相手の外国人に十分理解してもらって、日本はただのお金持ちの国ではないことを、国民全体の利益を最優先に考えている国であることを納得してもらいたいものです。そのように、きちっと国際ルールを決めた上での関税撤廃は、おそらく国内の農業を衰退させることにはならないかもしれません。