フランス映画『エマニュエル夫人』について

 この映画が話題だった頃、私は中学二年生でした。例の洋画大好きの同級生のT君は、(ここだけの話ですが)体が大きいことを悪用して、未成年なのに映画館に見に行きました。大人だと偽って、大人一枚の入場券を買って、そのスクリーンを見てきました。しかし、その後で、映画検閲のボカシがあちこちのシーンにあったことを私にぼやいていました。
 私は、テレビの洋画劇場で30代の頃にこの映画を見ました。この映画の冒頭でヒロインを演じる(先日亡くなられた)シルビア・クリステルさんの裸体が映し出されました。股間の部分に黒々と大きなボカシが入っていました。私は後に、40代半ばになってからレンタルビデオ屋さんで、この映画の無修正版DVDを借りて見たのですが、股間にちょっと毛のような黒いものが見える程度でした。それが、テレビ放送の映像ででっかいボカシになっているのを見ると、いかにも「そこが、ものすごくエッチな場所ですよ。見ちゃあ、いけませんよ。目の毒ですよ。」と逆に刺激されるようで、かえって不自然だったような気がします。無修正版を見て、そんなにヒロインの裸がエッチに見えなかったのは、私だけでしょうか。もしそれが私だけでなかったならば、この映画はそれほど凄い映画ではなかった、面白い映画ではなかった、という多くの人たちの批評が当たっていることになります。
 特に男性が見て、この映画は不快で面白くないと思います。逆に、女性が見ると、ヒロインが自由奔放な振る舞いと容姿を見せるので、日頃(男性から)戒められたり抑圧されている気持ちの部分が開放されて、気晴らしになるのでしょう。
 私は、この映画の質は問わないとして、ラストシーンに注目しました。この映画の終わり近くになると、このヒロインの妄想シーンになるのですが、(無修正版で見て)何やってんだろう!?というシーンになります。そのヒロインと老若二人の男性とのスローモーションの演技になるのですが、今思えば、それは『三人ゴースト』と言うべきものでした。『ゴースト』というアメリカ映画をご存知だと思います。片方が幽霊で片方が生身の人間の男女二人がスローモーションでラブシーンをするわけです。ところが、それを、特殊撮影技術(SFX)無しで、スローモーションだけで女一人男二人で演じたのが、『エマニュエル夫人』のクライマックス・シーンだったのです。それがヒロインの妄想の映像化であったことは、驚きに値します。今から四十年近く前に製作された映画だったとはいえ、その原始的な撮影技法に私は唖然(あぜん)としてしまいました。
 あんまり書くと、フランスの人たちの自尊心(プライド)を傷つけてしまうので、ここら辺でやめておきましょう。ジョークでなくて、三人ゴーストは斬新な発想だと思います。笑っちゃいけない、とは思いますが、フランスは日本から本当に遠い国だと思います。子供の頃の私は、赤塚不二夫さんの『おそ松くん』というマンガで、あの舶来主義者が「おフランス」と上品に言うのをよく聞きました。あの「シエー!」のポーズで有名な、出っ歯のイヤミのことです。しかし、私の感覚に誤りが無ければ、この『エマニュエル夫人』という映画は、あの「おフランス」の上品なイメージからはちょっと遠いような気がしました。
 確か『エマニュエル夫人』の映画主題歌の日本語カバーも聴いたことがありました。残念ながら、その歌詞を忘れてしまいました。メロディーは少し憶えているのですが、唄えるほどではありません。当時の日本では、この映画は話題性があって、世間の好奇心の的になっていました。が、その内容となると正確に知らない人も多かったと思います。その恐いもの見たさ(実際はちゃんと見ていない)が一人歩きしてしまった映画だったような気がします。