君の瞳に乾杯?

 私はTSUTAYAのサービスを利用して、旧作DVD2枚を無料で借りることができました。今回は、あの名作の『カサブランカ』と劇場用アニメの『愛・おぼえていますか』を借りました。
 今回のブログ記事ではその前者の、アメリカ映画の名作の一つと呼ばれる『カサブランカ』について書いてみたいと思います。ロマンスとサスペンスをクロスさせて、しかも愛国心や皮肉な運命を描いた複雑な内容は、初めてこの映画を目にした観客を戸惑わせますが、最終的には「この映画は良い映画だ。」という評価に落ち着くのだそうです。
 フランスとドイツの仲の悪さは、この映画の時代背景である第二次世界大戦に始まったわけではありません。それは、20世紀のフランスの小説家ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』などを読むとわかります。フランスとドイツの国境にアルザス=ロレーヌという地方があって、そこが二国間の領土争いにおける長年の確執となっていたそうです。ですから、それぞれの本国から離れたカサブランカの地でも、両国人がちょっとしたことで喧嘩をしたり仲が悪かったりするということは珍しいことではありませんでした。この映画を見て、いくら戦争中だからといって、自国の歌を競ってそんなに互いに愛国心をひけらかさなくてもいいじゃないか、大人げないじゃないかと思われるかもしれませんが、そうした背景があったと考えれば納得がいくと思われます。
"As Time Goes By"(『時の過ぎ行くままに』)という劇中の曲は、この映画を思い出させるとても良い曲です。この曲は、劇中のリックとイルザの両者にとっては幸せだったパリの過去を思い出させる曲でした。しかも、この映画の観客にとっては映画『カサブランカ』を思い出させる曲になっていました。この二重の意味で、この劇中の曲は映画ファンにとって忘れられない曲となったのでしょう。
 リックとイルザのラブロマンスに焦点を絞るのならば、"Here's looking at you, kid."(「君の瞳に乾杯。」)というリックの台詞が気になります。この映画の中で、この台詞を私は4、5回聞きました。私は、この「君の瞳に乾杯。」という日本語訳にケチをつけるわけではありません。これはすごい名訳だと思います。英和辞典を見てもわかる通り、"Here's !"や"Here's how !"は「乾杯!」という意味です。
 私は、以前のブログ記事で『ある愛の詩』の「愛とは決して後悔しないこと。」という日本語訳にいちゃもんをつけましたが、今度は「君の瞳に乾杯。」という日本語訳にいろいろと物申してみたいと思います。
 この映画の中で、リックはイルザにここぞという時に決め台詞でそう言います。口癖みたいで、ちょっとしつこいんじゃないか、と思われるくらいです。もしかしたら、相手のイルザに同じ言葉で返してもらいたかったのでしょうか。これはあくまで余談ですが、「君の瞳に乾杯」という名文句には、そんな合い言葉みたいな感じを連想させたりもします。
 それぞれの場面で「君の瞳に乾杯。」とイルザに言うのは、ちょっと含蓄深くて、私にはわかりにくいような気がしました。そこで、私なりに日本語訳を考えてみることにしました。ダンディな男の気持ちをもう少しわかりやすく、もう少しストレートに表現してみたいと思います。
 「ここで、こうして、君を見つめているなんて(俺ってどうかしちゃってるぜ。君の前でそれほどまでにメロメロな俺って、ラッキーで幸せ者だろ?)」というふうな感じに私は訳しました。男性は男性でも、ストーカーの男がそう言うと怖くなります。ダンディなリックが、チャーミングなイルザに言ってこそ成り立つ、つまり、男女の恋愛関係の上で成り立つ言葉であることがわかります。
 ダンディな男は、この決め台詞で相手の女性へ今の気持ちを伝えようとしています。今ここで、君を目の前にして抑えきれない気持ちがあって、その熱い気持ちを態度で示している俺自身が信じられない。だけど、そんな俺自身が幸せ者に思えてならない。それほどまでに今の君に魅かれているんだ、と直接面と向かってリックはイルザに言うのです。ダンディな男にそう言われて、クラっとこない女性は珍しいと私は想像します。否、妄想かもしれませんが、そんなことを言われたら女性の気持ちはとろけてしまうのではないかと思います。事実、『わけあり』の女性であったイルザは、男のその本気さに何度も気持ちが揺らいでしまったのだと思います。
 「(本来ニヒルな俺が)ここで、こうして、君を見つめているなんて(不思議だろ?)」という感じで語りかけられたら、その男性に気のある女性の側としては刺激が強すぎてフラっときてしまうかもしれません。もし仮にチャラ男が言うのならば、「君、きゃわいーねー。」とほぼ同じ意味だと思います。言葉の持つムードがかなり違いますが、相手に魅かれている男性が、相手の女性を素敵だと賞賛している言葉に変わりはありません。従って、結果的には「君の瞳に乾杯。」という日本語の翻訳もまた同じ意味です。それもまた、日本語の簡潔な意訳としてふさわしいことがわかります。
 (映画やテレビの字幕には文字数制限があるのだということを、この記事を書いた当時、私はうっかり忘れておりました。このダンディな男の決め台詞が簡潔な意訳であったことに、それ相当の意味があったと言及していなかったのは、私の手落ちでした。遅まきながら、その点をおわび申し上げます。)