オバサンの心がなぜ分からなかったのか?

 私は、ある時テレビのニュースの中でこんな場面を目撃しました。一人の普通のオバサンを某地方自治体の職員が三、四人で取り囲んでいました。彼女は怒っているようで、彼らに次のように言い放ちました。「あなたたち、私よりいい教育を受けて、私よりいい職業につけて、私よりいい給料をもらっているのに、どうしてこんなオバサンの不安な気持ちが理解できないの?どうして言ってることが分からないの?」私のうろ覚えで申し訳ありませんが、そんなふうに言っていたと思います。(間違っていたならば、ごめんなさい。)その職員の人たちは、一応一市民の言うことだから職務上は無視できないけれど、扱いに苦慮している様子でした。彼女の不安な気持ちがどんなものか理解すべくもなく、もてあましている状態でした。
 やがて、その某ミーティングが始まり、個人として来たという、某電力会社の社員が「今回の原発事故で放射能汚染による死亡者はゼロである。」(これも私のうろ覚えですみません。)というようなことを市民の前で述べました。その時点では、テレビの前の私も「その通りだ。彼の言う通りだ。」と同感していました。市民の間では、政府やマスコミはその犠牲者をひた隠しにしている、という根拠のないウワサが流れていますが、私はそのウワサはデマであると見ています。
 それから数日後、私は『秋の童話』という韓流ドラマをレンタルビデオ屋さんで借りました。このドラマは今でも人気が高くて、6巻のうちの最初の4巻が他の人にレンタルされていました。仕方なく私は終わりの2巻を借りることにしました。どうせこのドラマは昔テレビで見たことがあるし、大体のあらすじは分かっていたので、終わりの2巻で十分楽しめると思いました。
 そうして私がレンタルしたビデオのドラマは、ヒロインであるウンソが白血病を発症するところから始まりました。この手のドラマにありがちな不幸のパターンなのですが、ドラマが進行するにつれて、私はあることに気がつきました。それが何かを述べる前に、このドラマの名場面の一つを紹介しましょう。ウンソにアタックし続ける、爽やかな青年テソクは、偶然にもウンソが白血病にかかっていることを知ってしまいます。そして、彼女を海岸の砂浜に呼び出して、白血病の検査と治療をちゃんと受けるよう、彼女に説得しようとします。「お前の病気が治ったら、俺は身を引く。だから、検査と治療を受けてくれ。」みたいなこと言います。女性の視聴者は、テソクの献身的で報われない愛にクラッとくるわけです。
 彼女は、テソクの申し出に従って、家族にいっさい本当のことを打ち明けず、ソウルの病院で検査と治療を受けることになるのですが、そこで私はこのドラマの驚愕の場面を目にして言葉を失いました。白血病の検査のために、骨髄を採取するのですが、太い金属製の管を背中から差し込まれて、彼女はその苦痛で悲鳴をあげてしまいます。その検査は何度も繰り返されて、それを見取っていたテソクさえ、その悲惨な状況に耐え切れず顔をゆがめてしまいます。ウンソがそうした苦痛から心身共に衰弱していくのは明らかでした。彼は、ウンソの家族に本当のことを打ち明けて、ソウルの病院に来てもらいました。
 ウンソの家族の人たちが、テソクから真実を聞かされて、ものすごく悲しみ、悲嘆にくれたことは言うまでもありません。「あんな優しい、性格のいい子が、どうして白血病になんかならなければならないのか。」というようなことを言うわけです。ドラマの中では、ウンソの白血病は父親からの遺伝だとされています。その父親も白血病で亡くなっていたのですが、なぜ彼が白血病になったのかは説明されていません。その原因が何であれ、ウンソの家族にとって、ウンソが白血病になったことは大きなショックであったことは明らかです。
 そのことを一般的に考えてみても、家族の誰か一人が白血病や免疫不全の症状を発症したとしたならば、もしもそんなことが現実に起きたならば、その本人は言うまでもなくその家族全体の生活が大変なことになります。なぜならば、お互いに家族だからその病気を発症した本人を見捨てることができないからです。風邪のように比較的軽い病気ならば、短期間の看病で治ることでしょう。しかし、それが白血病、つまり、骨髄性の癌(がん)だったりすると、そうはいきません。長期間の検査と治療が必要ですし、100%治る保障があるわけでもありません。それに対する家族の負う金銭的負担や精神的負担は、病気を発症した本人の苦しみと同じくらいになるかもしれません。この『秋の童話』というドラマで、ウンソの検査と治療を見守るテソクの苦悶の表情一つをとっても、その戦いの辛さと不安感が感じ取れます。
 つまり、国の原発依存の割合が例えゼロになっても、最初に述べたオバサンの不安はぬぐえないということなのです。言い換えるならば、彼女の家族一人一人の将来の生活および生命が、オバサンにとっては心配なのです。
 もしもあの電力会社の社員という人が完全な独り者でないとして、彼の家族の誰かが白血病や免疫不全を発症したならば、彼は本当にそれまで通りに仕事を続けていけるでしょうか。その家族のことが心配で仕事に身が入らなくなっても、会社はそこまで面倒は見てくれないと思います。
 その原因が原発事故の放射能の影響か否かにかかわらず、オバサンの家族の誰かが将来白血病や免疫不全を発症するかもしれない。そしてその時に、国や地方の行政組織および医療機関が、国民一人一人の生活と生命を保障してくれるまでに、制度および技術が進んでいないと安心できない。と、オバサンは訴えているのです。もしもそれらが日本国内で充実していれば、極端な話ですが100%原発依存でもオバサンから苦情は何も出ないと思います。
 先の韓流ドラマでヒロインのウンソが白血病の検査でひどい苦痛を受ける場面があると私は述べました。幸い(?)なことに、私はフィクションの上でそれを知っているだけで、その実態を知りません。でも、もし日本の現実がそのドラマの通りであったら、少しでもそのような苦痛が減ってくれるよう医療の技術が進歩してくれることを私は切に願っています。