中国映画『紅いコーリャン』を観て疑問に思ったこと

 私は30代の頃、中国語に興味があって、東京都足立区竹ノ塚にある教育センターでやっていた中国語学習サークルに参加していました。そこで、中国人の先生に『紅いコーリャン』という映画を観るといいよ、と薦(すす)められました。私は秋葉原のビデオセンターへ行って、その映画のビデオソフトを買って観てみました。
 その中国人の先生の意図は、日本人の軍隊は過去に中国へ行ってこんなひどいことをやったんだよ、ということを私に知らしめることにあったようです。その映画の大団円では、いよいよその『日本軍』が大暴れすることになります。最後には、その日本軍はほとんどが爆死して、中国人の勝利となるのですが、コン・リーさん扮するこの映画のヒロインは日本兵にすでに殺されてしまい、日本人の私としては「かわいそうだなあ。」という感想を持ちました。それでも、この映画を観た中国の人たちは中国が日本軍に勝ったという映画の結末に満足するのでしょう。
 そもそもこの映画自体、中国の人たちにわかりやすくできています。たとえば、日本兵の隊長が、歯むかう中国人の生皮を剥げと命令するシーンがありますが、日本人の私にはどうしても理解できません。日本にはそのような習慣が無いからです。
 でも、私は母親から「日本人は中国人にこんなひどいことをしたよ。」という話は聞いています。私の母のお父さんは、日中戦争が始まる前まで徴兵制に従って中国にいました。彼は、そこで股裂きをされる中国人とかを実際に見たそうです。日本に帰国した彼は、当時はまだ年端も行かない子供だった私の母にそのことを語って聞かせました。彼にとって孫である私は、母からその話を聞きました。
 彼は、見て見ぬふりをしたそうです。異国で口出しや喧嘩でもしようものなら、軍紀を乱すものとして喧嘩両成敗となり、最悪は故郷に戻れなくなってしまいます。つまり、そういうひどいことをした日本兵は一部の日本人に過ぎなかったのです。大部分の日本兵もしくは日本人は、それを見て見ぬふりをしていたわけです。そして、彼と同様に、多くの日本兵が「戦争なんて、いやだ。」とその時思ったそうです。一般に、日本人は戦争に負けたから、「戦争はいやだ。」「兵隊なんていやだ。」と思うようになったとされていますが、私の母のお父さんのように、見も知らない中国人が股裂きされるようなむごい光景をじかに見たり、見も知らない中国人の首をいきなり刎(は)ねろと上官に命令されたりして、精神的ショックを受けた日本人も当時は多かったそうです。
 このような話を親子三代で言い伝えている日本人がいることを、きっと多くの中国人は知らないことでしょう。しかも、彼らは、元日本兵のほとんどが今日まで黙り(だんまり)を決め込んでいるのは、過去の彼らが犯した罪状を彼らの子孫に隠しとおすためだと思っていることでしょう。私も中国人の言うとおり「日本人は大人しそうなふりをして、本当はむごくて、卑怯だった。」と、つい最近まで思っていました。しかし、それが最近の領土問題とか反日運動とかのニュースを知るうちに、過去の諸事をよくよく考え直してみる機会ができました。そのおかげで、そうではないのだということが私にはわかってきました。
 つまり、元日本兵や日本人の多くは戦争の勝ち負けに関係なく、侵略戦争の現場のひどさを実感して、戦争をいやだと思ったのです。その空気を現地で察した部隊の隊長(つまり、現代でいえば中間管理職)がそれで慌(あわ)ててしまい、狂気のごとく部下に非道な命令を突きつけたことは、想像に難くありません。現代的に言えば、PTSDになってもおかしくないほどの精神的ショックを受けて、しかも心理カウンセラーのいない状況に、当時の日本兵の多くが曝(さら)されてしまいました。「戦争はいやだ。思い出したくない。」というのが、彼らのうちで運よく生き残った者の『無言の訴え』であると私には思えました。
 それはさておき、兎にも角にも『紅いコーリャン』という映画では、歯むかう中国人の生皮をはぐという暴挙(ぼうきょ)で、当時の日本兵の残虐さを中国人の観客にわかりやすく表現していたわけです。ドキュメンタリーとしてはちょっとおかしいけれど、こうした表現方法に芸術性があることを私は認めていいと思っています。
 あともう一つ、この映画を観て気になるところがあります。これもまた、芸術的な表現なのだとすれば何も問題ありません。が、ちょっとだけ日本人の私にケチをつけさせて下さい。この映画に出てくる日本兵の日本語の発音が変なのです。中国人からすれば、日本語はこんな感じで聞こえるのかな、と最初のうちは私もそれで我慢していました。ところが、最後の戦闘シーンになってもそのキンキン声で、短い言葉なのに、時々何を言っているのわからない日本語の発声に、なぜだろうと私は首をかしげてしまいました。もちろん、これが芸術的な表現であり、言動が奇異な日本兵を世界に知らしめるための演出でわざとそうしているのなら、それはそれで納得がいきます。しかし、それが史実に忠実で、現地の取材などによって真面目に考証されたものだとしたら、別の見方をしなければなりません。その怒りっぽい発音は実は朝鮮半島由来の発音と言わざる負えないのです。でも、私は朝鮮半島の人たちを非難するつもりではありません。日本軍に従軍していたのは、挺身隊つまり従軍慰安婦だけではなかったということなのです。朝鮮半島の勇猛果敢な男たちも多数、兵隊として日本軍に従軍させられていたはずなのです。となると、その映画に出てくる日本兵の変な発音の原因の説明が一応つきます。
 しかし、これはあくまでも私の推測に過ぎません。中国人の耳には、日本兵の叫ぶ日本語はあんなふうにキンキン声に聞こえる。それで、私は別に異議はありません。