大人のアニメは控え目で

 およそ半年前の6月5日の私のブログの記事で、1980年代にテレビでやっていたアニメーション『ハートカクテル』のことを書きました。そのアニメは、わたせせいぞうさんの原作の忠実なアニメーション化でした。私も、講談社から出版された、わたせせいぞうさんの『ハートカクテル』の本を何冊か持っています。その本と、アニメ化されたものを比べると、テレビのアニメでは、イラストの線と色彩が忠実に再現されていることがわかります。子供向けアニメのような動きはそれほどないものの、そのイラストの線と色彩がとても美しく表現されています。
 半年前のそのブログでも書きましたが、それはいわゆる『大人のアニメ』すなわち『大人の見るアニメ』でした。放映時間は夜遅くでしたし、その内容は若い大人の男女の話が多かったですし、子供が見て理解して面白がるような内容ではなかったと思います。『大人のアニメ』と言うとイヤらしい内容を想像しがちですが、実際にはそれほどイヤらしい内容のものはありませんでした。(もっとも、原作に忠実なアニメ化のため、それが全く無かったとは言えませんけれど…。)
 この番組は、日本たばこ(現在のJT)の提供であったため、『たばこ一本のストーリー』とも呼ばれていました。私は、たばこを吸わないため、それがどういう意味か正しくは知りません。後に私が推測したところでは、『一本のたばこのように短いストーリー』という意味だったように思えました。『たばこの煙のようにふわふわして軽い内容のストーリー』と考えてみても面白そうです。それくらいこのアニメーションは、視聴者の恋愛に対する想像力や妄想をふくらましてくれます。
 ところが、『バラホテル』や『ボーイフレンド』や『彼女の名前』や『さよならホワイトレディ』などの話では、ちょっとだけ人生のほろ苦さのを感じさせます。それこそ、この『ハートカクテル』が大人のアニメたる所以(ゆえん)なのかもしれません。
 このアニメが放映当時に私は、一枚のLPレコードを買いました。『ハートカクテルvol.2』というタイトルで、テレビで放映したアニメの中で流れていた松岡直也さんの曲が収録されていました。わたせせいぞうさんの『ハートカクテル』の本とともに現在では入手困難なものとなってしまいましたが、私は今でもちゃっかり持っていたりします。別にそれを自慢するつもりはありません。このようなLPレコードがあったことは、当時はそれだけこのアニメが斬新で人気があったという証拠なのではないかと思えるのです。
 このアニメ『ハートカクテル』の一つ一つを見て、今の私が感じることは、イラストっぽい映像やきれいな音楽はどちらも素晴しいのですが、映像ストーリーの一つ一つに何か大事なことが裏に隠されているように思えることです。それを知ろうとも、知らないで済まそうとも、どちらでもそれはその時々の視聴者一人一人の自由です。一見軽快なそれぞれの映像ストーリーは、いつでも視聴者に伝えたいことを控え目に示してくれています。その控え目なところが、このアニメの一つ一つをより一層大人っぽい内容にしていると思います。
 ですから仮に、今日の私がこの『ハートカクテル』の中から一つだけ選ぶとしたら『暖かさも一代きりなんて』がいいと思います。映像・音楽・ストーリーのどれを吟味しても素敵です。特に、そのストーリーは、(どこかで聞いたことがある人もいるかもしれませんが)散りゆく桜の花びらのような『いさぎよさ』と同じものを感じさせます。私などもつい忘れがちですが、人生にはこうした『いさぎよさ』を内に秘めた花の美しさが感じられる場合があります。なお、これは私の(ちょっとかわいい)勝手な思い込みですが、このストーリーの本当の主役は、ラストシーンに出てくる、飲み残しに栓をしたビール瓶なのではないかと思ったりします。