私のプロフィール サンダーバードを見ていた

 小学生の頃の私は、『サンダーバード』というイギリスの人形劇をテレビで見て、思わず釘付けになっていました。これが、ただの人形劇ではない。毎回、想像もできないくらいかっこいいデザインの乗り物や機械や装置、つまり、すごいメカが(全て模型ですが)次々と登場するスーパーマリオネット人形劇なのです。知らない人のために説明しますが、『サンダーバード』("Thunderbirds")というのは、秘密組織である『国際救助隊』(International Rescue、略してIR)、および、その主要メカの呼び名です。
 作品の舞台となる近未来の世界では、科学技術の発展によって信じられないようなマシンやメカが開発されて便利になっていました。が、その一方では、災害や事故の結果も大規模化して、一国の手には負えないほど大きなものになってしまい、一刻を争う人命救助も必要になってきました。そこに、事故や災害の情報を傍受して、どこからともなく現れるのがこの『国際救助隊』なのです。しかも、驚くべき手際のよさと、驚異的なメカのチカラで、人の命を奇跡的に救います。事情があって、この組織の存在は、世界的には秘密です。主要なメカも様々な救助メカも、秘密基地である離れ小島の地中に隠されていて、そこから発進します。
 小学生の私は、この番組を人命救助劇とは見ていませんでした。それよりか、メカや建物や背景すべての模型のデザインに惹かれて、また特徴のあるテーマ音楽に惹かれて、熱中して毎回テレビに釘付けになっていました。テレビの画面に次々と現れる様々な模型やジオラマに手抜きがなかったことに、今でも私は感心しています。特にメカに関しては、リアルだけれど、現実には絶対ありえないような想像力豊かなものばかりで、今でも恐れ入るばかりです。
 例えば、原子力旅客機なるものが第一話から出てきますが、ちょっとありえません。現実的には、放射能を扱う危険な乗り物としか思えないので、絶対実現しないと思います。でも、デザイン的には非の打ち所が無いほど素晴しくて、この番組を見ている間はその存在感を誰も否定できないと思います。この強引なまでのリアルな発想力には、それ相当のわけがありました。空想的とはいえ、このようなメカには、原子力エネルギーの平和的利用がしっかりと示されていました。
 当時の世界情勢を考えてみるに、原爆や水爆などの核兵器が、アメリカとソ連との冷戦において抑止力として使われていました。そして、そのことは世界的な脅威になっていました。その結果、原子力エネルギー即ち核兵器であると、誰もが認めるところとなりました。ヒロシマナガサキの悲惨な記憶をもつ私たち日本人はもとより、世界中の多くの人々がその危険性を感じるようになりました。しかし、だからこそ、そこに着目したイギリス人の考え方は注目に値します。戦争目的で使われている原子力の危険なエネルギーを、旅客機という平和目的で使うという発想の転換が、この人形劇で表現されたことには大きな意味があるのです。これは、軍用機であった零式戦闘機のテクノロジーが、戦後YS-11型旅客機の開発に平和的に生かされたという話と何となく似ています。
 また、当時の米ソの冷戦では、宇宙開発競争がありました。そのロケット開発の本当の狙いは、残念ながら、地球のどこにでも瞬時に核爆弾を打ち込める大陸間弾道ミサイルという軍事兵器を作ることにありました。第2次大戦でドイツのV計画によるロケット攻撃で痛めつけられたイギリスにとっては、それはまさに悪魔の兵器であったわけです。その恐怖がもたらした後遺症は、イギリスやドイツを含むヨーロッパで戦後も長く尾を引いています。人工衛星やロケットの開発が、ヨーロッパ諸国ごとにバラバラではなく、つまり、EUとしての共同開発で長い間すすめられてきたことの理由は、そんなところにあったと言えましょう。
 ところで、『サンダーバード』の主要メカには、必ずロケット推進エンジンが使われています。ジェット推進エンジンの代わりとして、強引なまでにロケット推進エンジンの装着にこだわるところに、大陸間弾道ミサイル(ロケット)の平和利用への主張がうかがえます。ロケット兵器の恐怖を経験したイギリス人ならではの発想の転換がそこにはありました。つまり、『国際救助隊』は、大陸間弾道ミサイルの軍事的テクノロジーを巧みに利用して、人助けのために活躍します。
 例えば、宇宙ロケットと同じように空高く発射されるサンダーバード1号は、たとえその目的地が地球の裏側であっても大陸間弾道ミサイルなみのスピードで災害事故現場に急行します。そのスピードには、一刻を争う人命救助に必要であるという理屈がつけられています。
 『サンダーバード』の魅力はそれだけにとどまりません。人命救助のために用意されている様々なメカが、複数のコンテナに分かれて秘密基地内に格納されています。事故や災害にあわせて、的確なメカ装備を選んで、コンテナごとサンダーバード2号で現場へ移送します。各コンテナには番号が付いていて、今回は何番のコンテナをサンダーバード2号で運ぶのかなあ、というのが毎回この番組を見る上での楽しみの一つでした。
 さらにまた、それらのメカの中で一番すごいメカは何かというと、それはジェットモグラタンクでした。現実には絶対ありえないしくみのメカであるにもかかわらず、これほどリアルでカッコイイ感じのメカが登場するのは珍しいことです。何番のコンテナに入っていたかは忘れてしまいましたが、サンダーバード2号で現場に持って行かれて、使われます。メカの先端についているドリルで地中深く前進し、かつ、後退して地上に戻ってきます。一度見たら忘れられないメカの一つでした。
 最近のこととして、チリの鉱山事故があった時のことです。私はそのニュースをテレビやラジオで知って、思わずこんな妄想をしてしまいました。「この世に、ジェットモグラタンクがあったらいいんだけど…。そのメカが本当にあったら、例え一台でもこの世にあったら、チリの鉱山事件は24時間以内に解決したのになあ…。」と思いました。それほど『サンダーバード』に登場するメカが、デザイン的にも発想的にも、すごいものであったことが判ると思います。
 メカの洗練されたデザインやドラマチックなストーリーを問題にするのであれば、『キャプテン・スカーレット』も『謎の円盤UFO』も、ひけをとりません。しかし、メカをリアルに際立たせて、視聴者を熱狂させる技術において、この『サンダーバード』ほどよく出来た番組は他に無かったのではないか、と思っています。