デジタル印刷による挑戦

 先日、土曜日の日中に、ビニールハウスの中の片付けをしていたら、85歳の田中さん(地元の農家さんで、きゅうりの栽培を教えていただいて過去にお世話になっているお爺さん)が、いらして用件を頼まれました。以前にも、パートのお婆さん達の月毎のパート代支払明細書の作成と印刷を依頼されたことがありました。が、今回は、年賀状100枚の印刷(宛名書きの裏側の印刷)の依頼で、私にとっては初めての依頼内容でした。私はインクジェットプリンタを持っていますが、ハガキ印刷をしたことがありませんでした。また、過去に印刷された年賀状を、サンプルとして見せていただくと、印刷屋さんの活版印刷でした。田中さんが毎年頼りにしていた、地元の印刷屋さんが、仕事が少なくて、とうとう今年で仕事をやめてしまい、活版印刷機を売り払ってしまったそうです。
 田中さんは、毎年、印刷屋さんに4千円位を払って、年賀状100枚を印刷してもらっていたそうです。今年の暮れは、その依頼が私の方にきたというわけです。私は、早速、その年賀状の印刷をチェックして、その内容を分析しました。今回私が引き受けた年賀状の内容は、文字とイラストに分かれていました。
 文字の部分は、賀詞と添書きと年号と本人の住所・電話番号・氏名からなっていました。活版印刷であるにもかかわらず、毛筆体と行書体と草書体が使われており、明朝体フォントで印刷すると、過去の年賀状の書体とかなり違ってしまうことがわかりました。なるべく過去の年賀状に近い書体で印刷しないと、田中さんが長年付き合ってきた苗関係などの仕事のお得意さんや知り合いの方々に、何かあったのではないかとか、今までに無かった違和感を抱かせてしまう恐れがありました。本屋さんへ行って、年賀状の作成・印刷のための本を探して、文字サンプルを探しました。また、インターネット上からも、フリーフォント(無料フォント)を探しました。その甲斐あって、違和感の少ない無料フォントが見つかり、ネット上からダウンロードして、システムに組み込みました。
 また、添書きの草書体の部分は、当然字が崩れていて、ほとんどそのままでは解読不能でした。年賀状の作成・印刷のための本や、インターネット上で、年賀状の添書きの文例をいろいろ探してみたのですが、部分的には同じものがあっても、全く同じものはありませんでした。それらの文例に使われている用語から、崩れて読めない文字を解読して、さらに、言い回しや文全体で表現している内容が同じ文例を探しました。それによって、添書き全体を慎重に解読して、フリーフォントの毛筆行書体・草書体で文字を打ちこみ直しました。
 イラストの部分は、干支と縁起物の組み合わせになっていました。絵柄が印刷屋さんのオリジナル・イラストだったのですが、イメージ・スキャニングなどの模写をする方法は時間と手間がかかって、その割には綺麗に仕上がりません。ここは、干支と縁起物の組み合わせという本質的な部分をとらえて、うさぎや松竹梅のイラストのフリー素材を本のおまけやネット上から見つけてきて、多少のアレンジを加えて、使ってみました。それぞれ違うオリジナル・イラストを作って、年賀状の印刷サンプルを3パターン作りました。
 田中さんには、それらの印刷したサンプルの中から気に入ったものを選んでいただきました。幸いにも、元の活版印刷の年賀状よりも綺麗な出来のデザインがあったため、それを選んでいただけました。そして、やっと、年賀状100枚分の印刷を終えて、無事に依頼を果たしました。
 このように、元の活版印刷の、文字やイラストをなるべく真似て、というか、それになるべく近づけて、パソコンとインクジェット・プリンタでデジタル印刷をしました。ついでながら、思うことが私にはありました。活版印刷が仕事としてすたれてしまっても、デジタル印刷がその代役として取って代わらなければならない。というのが、今日のご時世だと思います。デジタル印刷は、活版印刷と比べたら、はるかに安い予算で印刷ができます。しかしながら、それゆえに、相当多くの仕事が来ないと、デジタル印刷は商売にはなりません。
 印刷技術の進歩や変革が、必ずしも日本経済の発展とは結びついていないことが気になります。活版印刷の年賀状を見て、私は知ったのですが、こういった印刷技術は決して低次元のものではないと思いました。にもかかわらず、経済的に成り立たないために、その技術は将来に継承されずに、すたれてしまうのです。もしかしたら、このようなことは身の回りで増えているのかもしれません。普段それほど気にすることではないのかもしれませんが、このようなことは、経済の発展や景気の先行きを考える上では注意すべき点の一つではないかと思います。