私の本業 決して運が良いわけではない!

 私が地元で借りている田んぼでの稲の栽培は、9月の中頃までは、倒伏もせず、見かけは順調に思われました。ところが、10月に入って、稲刈り→はぜかけ→脱穀(収穫)の手順を踏もうとした時に、難儀を強いられることとなりました。今年は、10月になってから、秋の長雨が始まってしまったのです。
 私は、毎年6月に田植えをするスケジュールなので、稲の収穫を10月になって行うのは、決して遅いわけではありません。しかし、油断してしまいました。稲刈りの真っ只中で、雨になってしまい、上の田んぼからの大量の雨水が入ってきて、私が借りている田んぼが水びだしになってしまったのです。そうなってしまわないように、今年の春にその田んぼ内に排水溝を掘っておいたのですが、いつの間にか周りの泥土で埋まってしまいました。稲刈りをする直前まで、そのことを全く気にかけていませんでした。なぜならば、毎年これまで、この時期には秋の長雨が終わって、はぜかけによる天日干しに都合の良い気候になっていたからです。
 私が地元で借りている田んぼは、いわゆる粘土質の土壌で、そこでコシヒカリを栽培すると、粘り気のある良質のお米が作れます。しかし、それは、諸刃の剣のようなもので、その収穫時の土壌が大雨などの水分を含んでいると、稲刈り機(バインダー)のタイヤにへばり付いて、機械のエンジンストップを引き起こします。私が借りている田んぼは30アールもあるため、その全ての稲を手刈りするのは不可能です。
 私は、誰かを雇って手伝ってもらえるほどのお金の余裕がありません。また、手伝ってくれる家族もいません。誰も助けてくれません。そんな状況で頼りになるのは、中古で、やっとのことで動いてくれる農業機械しかないわけです。
 でも、その機械が新品だったら、この状況は変わるでしょうか。いいえ、そうとも言えないようです。自然の力を甘く見てはいけません。田んぼのドロドロの土の中で、故障しにくい新品の農業機械を無理して使ったならば、そのエンジンに大きな負荷がかかって、焼き切れてしまうかもしれません。そんなことになれば、私の力だけでは機械の修理はできなくなります。農業機械の修理屋さんにみてもらって、高い修理代を取られて、修理の期間も長びいて、作業のスケジュールが大幅に遅れることとなります。
 もう一つ気をつけなければならないことは、こうした作業中に事故を起こして、私自身が怪我をしてしまうことです。怪我を治すためにお医者さんに通って、お金も時間もそれに費やされます。そんなことになったら、私の仕事は、仕事としての意味を失くしてしまうと思うのです。こうした危険は、鎌を使って手刈りをしたり、稲刈り機などの農業機械を使ったりしても、その危険度というものは余り変わらないと思います。
 とにかく私は、そうした事故やトラブルに巻き込まれないように、しかし一方では、作業効率が悪くなってしまう状況下で何とか作業を進めていきました。稲刈りで田んぼを一周すると、機械の駆動部分を止めてしまう泥土を、一生懸命に手でむしり取って、落としました。機械のハイテクを助けるために、人間の手というローテクを使ったわけです。それで通常の稲刈りの所要時間の倍かかったとしても、稲刈り作業中に泥土で機械がエンジンストップを起こして作業がたびたび中断するよりも、結果としては良いのです。前者のほうが、全体の作業が早く終わります。
 早ければ4日間で終わる稲刈り作業が、作業に入れない雨の日を間に挟んで、約10日間で終わり、これまた3日間くらいで終わるはぜかけ作業が、約5日間で終わりました。実は、毎日の午前中は、きゅうりの収穫と出荷と管理作業をしなければならず、田んぼの作業は、日中の午後から夜にかけて行われていました。しかし、昨今の『働き方改革』の影響で、「今日はもう夕方で定時だから、この作業は明日にしよう。」などと考えていたら大変なことになっていたことでしょう。事実、稲刈りとはぜかけの各作業を終えた翌日は、朝から大雨になっていました。もしも、そんな大雨の中で、それらの作業をしていたら、本当に命がいくつあって足りないくらい危険で、能率の上がらない労働になっていたと思われます。実際には、私は、それらの作業の最終日に、夜遅くまで作業をして終わらせました。(夜回りをしているお巡りさんに呼び止められて、今回の作業を中断させられなくて、本当に良かったと思いました。)
 しかしながら、私は、これまでのことを、決して運が良かったとは思っていません。秋の長雨は続いています。しかも、超大型の台風もこちらにやって来るようです。私は3年くらい前に、今と同じ田んぼで、台風ではぜかけ全部を倒された経験があります。最初に雨が降って、地盤がゆるんだ後に、強い西風が吹きました。真っ直ぐだった金属製のはぜ棒は、どれもひん曲がり、稲の束は、どれも田んぼの水の中に浸ってしまいました。私は、その後の5日間を、稲の束を再びはぜ棒にかける作業に費やしました。
 そうした私の苦労は、私だけが経験したことではなかったようです。昔の人もまた、同じような…、いいえ、私よりももっと過酷な経験をしていたかもしれません。
 台風が来る前に時間があれば、何とかできると思われるかもしれません。はぜかけした稲を、台風が来る前に脱穀して、お米を収穫すればいいじゃないか、と思われるかもしれません。けれども、それは、できません。なぜならば、ここのところの長雨で、天日干しができていないからです。天日干しができなければ、はぜかけをやった意味がありません。
 それでは、前にさかのぼって、9月にお米を収穫しておくべきだったんだよ、という意見があるかもしれません。しかし、それも、できなかったと思います。確かに、先月9月は晴天続きで気温の高い日も多かったのですが、肝心の稲が、まだ未熟で実っていませんでした。その状態で、稲刈り→はぜかけ→脱穀をしても、未熟米ばかりで、次のもみすりの段階で省かれてしまって、ちゃんと普通に食べられるお米があまり出来ません。そういう失敗が起きてしまった、と考えられます。
 このように、台風が来るとわかっていても、台風の被害が避けられるとはかぎらない、というようなことが世の中にはあるものです。露地で栽培しているズッキーニやきゅうりなどの野菜は、台風が来る前におおかた収穫してしまいました。このことから、私が決して『あきらめすぎる人間』でないことはわかって頂けると思います。しかし、この世の中には、人間がどうあがいても、どうすることもできないこともあるのです。私は、そのことに対しては、(たとえ納得できなくても)いつでも謙虚でいたいと、あるいは、謙虚であるべきだと思うのです。