私の本業 『むろ』を使う

 一般的に『室(むろ)』と言うのは、「物を保存、または育成のために、外気を防ぐように作った部屋」のことです。私の地元の上田では、ここ数年の春先は早く来ていて、2月になれば天気がいい日中のビニールハウスの中は、三十度を越える暑さになっていました。しかし、一昨年あたりからこの時期は気温の上がらない日が増えていて、レタスなどの苗を育てても、寒さのために発芽も遅く、その後も思うように育ってくれなくて、3月上旬あたりに苗屋さんから注文が来ても、十分に成長した苗を出荷できないことが多くなりました。
 しかも、個人で苗を作る農家さんが減る一方で、会社やJAなどによる企業経営的な苗作りの参入が近年多くなりました。彼らは、育苗用の設備や機器をその豊富な資金力で入手して、電気による加温栽培で、より規模を大きくして大量に苗を生産しています。また、地元のホームセンターや直売所でも、そうしてできた安価な苗を大量に売りさばくことに力を入れるようになってきつつあります。農家さんが個人で苗を作っていては、とてもじゃないけれど儲からない時代になってきました。
 私なども、去年まではニクロム線(温床線)を敷いて、寒い1月から加温による育苗に取り組んではいましたが、やはり自然の寒さに負けてしまい、レタスやトマトの苗を枯らしてしまいました。苗を普通より早く育てようとかいった、自然に逆らうようなことはやはり得策ではない、と失敗して知りました。
 そこで今年は、ビニールハウスの中できちっと保温して、しかもなるべく適温で種を芽だしして、育苗に挑戦することにしました。30センチ×60センチの稲育苗用の苗箱を5枚用意して、その土の上にレタスとグリーンボールとサニーレタスの種を蒔きました。去年までは地面に苗床を作っていたのですが、モグラに掻き回されて散々な目に遭いました。稲育苗用の苗箱を使えば、モグラの被害を避けられそうです。
 その苗箱5枚が並ぶように大きな穴をビニールハウスの中の地面に作りました。そして、幅の広いビニールシートと毛布を併用して、その穴の上にかけました。このような『むろ』を作ることは、何年も農家をやっている人にとっては珍しくないことかもしれませんが、私は今年初めてやってみました。今まではプラスチックのポールでアーチを作って、その上にビニールシートをかけて、トンネルを作るやり方でした。が、近年ではこの時期のビニールハウス内が、日中が三十度近くで、朝夕が氷点下になるため、その方法では対応できないようです。ビニールハウス内の気温が三十度を越えると、レタスの種などは休眠してしまい、しばらく芽が出ません。また、ほとんどの種は十四度以下だと、発芽しませんし、たとえ発芽しても寒さで病気になったりして枯れてしまいます。
 日中は、ビニールシートと毛布で太陽熱を遮蔽して、朝夕は地面の余熱や湿気で保温する『むろ』が苗の初期育苗に良いのではないかと思いました。作った『むろ』の中を最高最低温度計で測ったところ、苗を芽だしするのに十分な温度が得られることがわかったので、温床線を敷く必要もなく、電気を使う必要もなくなりました。
 しかし、実際には一週間後にどんなふうになっているかが問題で、その結果を見ない限りは何とも言えません。現に今日などは、天気が悪くて日中の気温が上がりません。そのことからも、今年の場合は『むろ』を利用することが正解だったようです。ただし、まだ今はその成果が目に見える形では出ていません。今のところは、その育苗のための準備の段階が上手く行っているとしか、本当は言えないところです。