私の本業 奇跡のジャガイモ栽培

 今年はまだまだ寒い日が続いて、しかも露地は積雪と空気の寒さで凍みてしまって、作業どころではありませんでした。けれども、私の地元の上田では天気の日が続いて、時々雪を降らせるような冷たい灰色の雲が上空を横切るものの、お日さまから届く光が日に日にわずかながら強くなってきています。お日さまが出ているために、あたりが明るい時間も、1月中旬から比べたら目に見えて長くなりました。
 ビニールハウスの中が、今日の日中はメガネが曇るくらい暖かくなっていました。昨日私は、ビニールハウスの中に最高最低温度計を置いておきました。朝は最低気温の数字を、昼は最高気温の数字を拾うはずでした。朝はものすごく寒く、ハウスの中はマイナス10度でした。ところが、昼はものすごく暑く30度近くまで上がりました。今日の上田のように、日中が晴れているとビニールハウスの中は暑くなります。一方、日中が曇り空でどんよりしていると、10度から0度近くのままで気温が上がらなくなります。長野市の方へ行くと、そういう天気が多いそうです。上田市でも、夕方前になると日がかげって、急に肌寒くなります。
 先週の土曜日に、苗用の種子(たね)が、注文したタネ屋さんから入手できたので、新たにその苗床を作ることになりました。そのために、ビニールハウス内のビニール・トンネルと、その下で栽培して枯れてしまったジャガイモの木を片付けに行きました。ビニール・トンネルの資材を解体して、土寄せして高く盛り上がっていた畝(高うね)を崩して、平らな土に均(なら)そうとしました。盛り上がった土に鍬(くわ)を差し込んで、私の体の方へ引き付けると、簡単に畝の柔らかな土が崩れてくれました。その調子でできると思ったまさにその瞬間に、鍬の先に何か白い丸い物が突き刺さっていることに私は気がつきました。それは、私にとっては予期せぬことでした。
 どうして、このことに私が考え及ばなかったのかを、過去にさかのぼって説明しましょう。新規就農者仲間で、その空いているビニールハウスで、秋じゃが(秋に収穫する新ジャガイモ)をやろうと計画を立てたのは去年の7月でした。8月には、新規就農者の一人のKJ君が、AR種苗という名の苗屋さんと取り引きがある関係で、わずか10個のジャガイモの種芋を0円で(つまりタダで)もらってきてくれました。しかし、その直後から新規就農者仲間は皆、キュウリの収穫と出荷に追われて忙しくなりました。ジャガイモの種芋を定植する(地面に植え付ける)どころではありませんでした。結局、空いているビニールハウスの一番近くでキュウリを収穫していた私が、その種芋をKJ君から譲り受けることになりました。私もまた、キュウリの収穫と出荷に忙しくて、9月中旬までその種芋に手が付けられませんでした。
 忘れもしない去年の9月23日(秋分の日、もしくは、お彼岸のお中日)に私は、本来のジャガイモ栽培計画からはるかに遅れて、10個のジャガイモの種芋を4等分して、畝に掘った40個分の穴に埋めました。そのうち6個の種芋は土の中で腐ってしまい、地表に芽を出しませんでした。残りは、34本のジャガイモの木になりました。途中3本は、茎を害虫の芋虫に食いちぎられてしまいました。私は、2匹芋虫を見つけて、つぶしました。去年の11月は例年よりも暖かだったので、ジャガイモの木はかなり大きくなりました。しかし、12月は例年通りの寒さになったので、葉っぱが寒さで萎(しお)れ出しました。しかも、ジャガイモの木に花が咲くのが見られませんでした。
 それまで私は、土寄せをしたり、水をやったり、ジマンダイセンというアメリカで開発された微量栄養素入りの農薬をじょうろでかけてあげたり、と一人でいろいろと面倒をみてきました。しかし、地面に種芋を植え付ける時期が余りに遅かったのです。ジャガイモの木は白い花を咲かすこともできずに、寒さで枯れてしまうしかなかったのです。今になって考えてみても、9月23日というのはジャガイモを定植する時期としては無謀でした。あと1、2ヶ月それが早かったならば、花が咲いて、計画通りに秋のジャガイモを収穫することが出来たでしょう。
 私は、それを残念に思いながら、年末に東京に戻りました。駄目もとでその栽培を試行したにもかかわらず、上手く行かなかったことに気落ちして、ビニール・トンネルの設備を片付けることを、つい忘れてしまいました。年が明けて、上田に戻ってきて、そろそろレタスやキャベツの苗を作る準備をしなきゃ、と考えた時にやっとその設備の片付けをしていなかったことに気がつきました。そのトンネルの中を覗いてみると、ジャガイモの木が完全に枯れて、地面に茶色くなってぺたんこになっていました。しかも、雑草が青々と生えていました。皮肉なことに、ビニールハウス内のビニール・トンネルは、外気に対して二重トンネル効果を発揮して、厳寒の地でも雑草が生えるほど地面を暖めていたのです。
 以上のことから、私は地面の中にジャガイモが新たに出来ているとは、これっぽっちも思いませんでした。ですから、農具の先に引っかかったのも、芽が出なかった種芋が地中に残っていたのではないかと最初は思いました。しかし、その農具の先に付いたクリーム色の楕円状にゆがんだ玉を取り上げてよくよく見ると、それは種芋ではありませんでした。私は、鍬を放り投げて、昔の犬がよくやったように盛り上がった土を両手で掻き出しました。大中小のいろんな大きさのジャガイモが土の中から出てきました。
 そこで、私はこのようにしてちゃっかり地中に出来ていたジャガイモを掘り起こして、全て収穫することにしました。このままでは効率が悪いと考えて、長靴の先が丸いことを利用して、ジャガイモを傷つけずに取り出すことにしました。先が丸い長靴で、高畝(たかうね)の土が盛り上がっている所を蹴り上げて、邪魔な土を蹴散らすのです。今の寒い時期には、汗をかくほどの良い運動になりました。どんな形のジャガイモも、どんな大きさのジャガイモも、この方法で一つのキズも無く土の中から取り出すことが出来ました。
 それから、30センチ×60センチの苗箱4枚を使って、収穫したジャガイモを大きさで分類してみました。300g〜400gもありそうな大のサイズが苗箱1枚に、中のサイズが別の苗箱1枚に、小のサイズがまた別の苗箱1枚に、残りの極小の小芋はもう1枚の苗箱に入りました。総数160個ものジャガイモが取れました。極小の小芋を除く、大中小の比は1対2対1くらいでした。(比較試験でサツマイモの苗も、同時期に10本植えてみたのですが、そちらはまさに成長不足で、芋が出来ませんでした。)
 苗箱4枚分のジャガイモは、今の時期に保存するには少し困難な点がありました。ビニールハウスの中で放置すると、朝のマイナス10度の寒さにさらされて凍みてしまう恐れがありました。そこで、ビニールハウス内に、簡単な『むろ』を作ることにしました。鍬などの農具があったので、深さ15センチぐらい地面を掘って、そこに苗箱4枚を収納します。ビニール・トンネルで使っていた幅のあるビニールシートを折りたたんで、そのくぼ地の上にかけて蓋をします。毛布もあったので、その上にかけました。さらに、別の幅広のビニールシートがあったので、その上を覆いました。念のため、最高最低温度計をその『むろ』の中に置いておきました。
 今朝ビニールハウス内の最低気温はマイナス10度くらいでしたが、その急造の『むろ』の中の最低温度は6度でした。その『むろ』の中の温度変化も、16度から6度までと比較的ゆるやかでした。私は、ビニールハウス内でその簡単な『むろ』を30分くらいで作りましたが、こんなに上手く行くとは全く想定していませんでした。
 KJ君がもらってきたジャガイモの品種は、長崎県で育成された秋の新じゃが品種で『出島』と言いました。普通のジャガイモは、皮を剥かないと食べられませんが、この品種は皮が薄くて、ピラーなどで剥く必要がありません。しかも、新じゃが特有のシャキシャキ感があります。最近私は近くのスーパーで、長崎県産の新じゃがを大量に見つけました。私が直売所へ出荷したものと比べると、玉が小さくて、しかも二倍の高い値段でした。でも、私は直売所で決めているジャガイモの価格設定に従ったまでで、長崎県産と価格で競うつもりは毛頭ありませんでした。それよりも、4ヶ月間かかって十分養分を貯めた新じゃがが、長野県の寒い冬の土の中で凍みなかったことを幸いに思いました。
 何か自慢話みたいになってしまいましたが、私は少しも自慢をしたいとは思ってはいません。これらのことは、試しにやってみて、結果的にたまたま上手く行ったことばかりだからです。成功しようと思って、その通りに成功した、というのとは違います。こんな時期にこんなジャガイモが長野県でできて自前で食べられるなんて話は、聞いたことがありません。誰もやっていなかっただろうし、いわゆる想定外のことだったと思います。
 いろんな偶然が重なって、悪い結果が起こることは過剰に人を不安にします。逆に、いろんな偶然が重なって、奇跡的に良い結果が起こるならば、それは人をびっくりさせます。けれども、後者のそれは人を元気づけるものなのかもしれません。