私の本業 あわや事故死?

 今年も十二月に入って、一年間使った設備や資材の片付けをする時期になりました。毎日の、日中の時間が短くて、朝夕が寒さで厳しいこの時期に、いろいろとやっておかないといけないことが多くて、何らかの収益が無くても忙しいものです。そうしないで、来年暖かくなってから慌(あわ)てて準備しても、いつもどおりの人手不足の現状では、間違いなく出遅れてしまいます。今のうちに、作業を進めておかなくてはなりません。
 ちょうど一週間前、この時期には珍しく、台風並みの風が吹いて、去年3月の震災前後に張り替えたビニール・ハウスの屋根のビニール一枚(縦8m横25m)が、真っ二つに破けてしまいました。そのビニールの通常の耐久年数は二、三年ですが、真夏の高温と真冬の低温の温度差が大きくて、実際の耐久力はそれほどありませんでした。
 二、三日前に替えのビニール・シートが届いたので、早速、天気が悪くならないうちにハウスの屋根にのぼって、破れたビニールから止め具や止め金や止め縄をすべて外して、その破けたビニールを全て地上に降ろしてから、帯状にまとめた新しいビニールを屋根に乗せました。アーチ状の屋根の上で、縦8m横25mの重くて広いビニール・シートを少しずつ広げていきましたが、そこで大変なことが起きました。それを広げた途端に風が吹き出して、でかくて新品のビニール・シート全体が宙にバタバタと舞い上がりました。それをつかまえた両手を手放せば、ビニールは飛んでしまいます。かといって、それを両手につかんだまま風が止まなければ、私自身が飛ばされてしまいます。どちらの場合も、事故と損害を伴うことが予測されました。
 今回の作業には、私一人ではなくアルバイトを一人参加させていました。しかし、そのアルバイトは過度の高所恐怖症で脚立にさえ登れないため、できる作業が限定されていました。以前、脚立に上がってもらったら、そこから普通に降りられなくて、地上に危険な落ち方をしました。そこで、そのアルバイトは、もっぱら地上でできることをやってもらうことにしました。アルバイトに危険な作業をさせて、事故で怪我をされたら、かなりの損害賠償を支払わなければなりません。それを防ぐためには、たとえ私が高所で一人、長時間の危険な作業を強いられても、仕方がありませんでした。
 私はまず、そのアルバイトに地上でビニール・シートの一辺を止め金で端っこから順に止めていくように指示しました。また、私はそのバタバタなびいているビニール・シートの反対側をプラスチックの止め具で押さえていきました。ところが、せっかくそのようにして私が屋根の上で止めたビニール・シートの部分が、風の勢いで止め具ごと簡単に引き剥がされてしまいました。私は、短時間で何らかの方策を考えなければなりませんでした。一か八か、何本もの止め縄を屋根の上に引っ張り上げて、宙に舞い上がるビニール・シートをハウスの端っこから止めていきました。
 少し離れた場所から、見知らぬオジサンの叫ぶ声が聞こえました。はたから見て、かなり危険な状況で作業をしていたようです。そのオジサンは心配して「危ないからやめろ」みたいなことを怒鳴っていましたが、私は「わかっています」みたいなことを怒鳴り返していました。いかなる勝算も見通しも無く、ビニール・シートが飛ばぬように、その前に私自身が屋根から転落しないように、注意を怠らないことを第一に考えて作業を続けていました。
 やがて、そのビニール・シートは、ハウスの屋根を覆うように東西南北の四方が止め具と止め金と止め縄で固定されました。すると、突然、魔法がかかったように、風が止んであたりが静まりました。新しいビニール・シートは、ハウスの骨組みのパイプにぴったり引っ付いて動きませんでした。後で止め具の付け直しをして、ビニール・シートの位置を補正しましたが、何とか今回のハウスのビニール張り替え作業を終えました。
 農業設備や資材の片付け・修復作業というと、収益が無くて軽視されがちですが、このように危険を伴うような作業も少なからずあるということです。そう言えば、四、五日前に私は、設備資材を片付けた後のハウス内部の畑を耕耘機(こううんき)で土おこししていました。ただ機械で耕していただけで、何の危険もないと思われがちですが、そこには落とし穴がありました。ビニール・ハウスの内部には、鉄パイプによる壁や天井があって、手押し式の耕運機を使う場合は、いつも注意が必要です。特に、耕運機を後進(バック)させる場合は、その操作をする人間が機械のすぐ後ろにいることになります。そのため、人間が機械と鉄パイプの壁に挟まれやすくなります。耕運機を動かす時に、私は十分注意して作業しています。
 けれども、その時私は不測の事態に直面しました。耕運機を後進(バック)させている時に、モグラの空けた(目視できない)地中の空洞に耕運機の車輪が陥没して、そのために機械の後ろのハンドルが跳ね上がりました。動いている機械のそのハンドルを両手で押さえていた私は、体が宙に浮いてしまいました。ハウスの鉄パイプの柱が並んだ壁の近くには、同じように太い鉄パイプでできた梁(はり)が頭上を通っていました。私は、跳ね上がった耕運機のハンドルとその鉄パイプの梁の間に、首を挟まれてしまいました。しかも体が宙に浮いて、身動きが出来ませんでした。
 耕運機やトラクターなどの機械で作業をする場合、機械の効率性を考えて一人で作業することが少なくありません。従って、助けを呼ぶことも出来ず、私はこれでおしまいかな、とその一瞬、思いました。耕運機の後部ハンドルとハウス内の鉄パイプの梁に首を挟まれて、首吊り状態になってしまった私自身の姿を一瞬思い浮かべました。もしも、その時、後進(バック)しながら機械後部のローターを回転させていたら、私のぶらんと浮き上がった両足が、その土を掻くために回転していた鉄の爪に引っかかって巻き込まれてしまったと思います。首の骨だけでなく、足にも致命的なダメージを受けた可能性が大きかったのです。これは冗談でも誇張でもありません。何もしなければ、そのまま事故で確実に命を失う危険があったのです。
 しかし、私は全くの偶然に救われました。くぼんだ地面で回り続ける耕耘機の車輪が、空転し始めたのです。耕運機の鉄の重さが、その車輪にのしかかったためです。また、地面が土で、硬いコンクリートや石よりも、摩擦力が少なくて、車輪が滑りやすくなっていたためでした。冷静な私は、クラッチを切って、車輪に伝わっていた動力を切りました。車輪が逆に回って、跳ね上がっていたハンドルは下がってくれました。おかげで私は命拾いをしました。
 誤解があるといけないので言っておきますが、私はいつも危険な作業をしているわけではありません。そういう危険を伴う作業をやらざるおえない時もある、というのが正しい言い方だと思います。その時に、ふと気が抜けたり、危険が予測しがたい場合に、そのような危ない目に合うわけです。私自身の心がけとしては、そんな時は、決して慌てたりパニックになったりしないことです。どんな体勢でも腹をくくって、冷静に考えることにしています。
 現代では多くの人が忘れかけているかもしれませんが、自然の力あるいは物理的な力は不可抗力であり、人間の能力ではどうにもならないことが少なくありません。だからと言って、それらをむやみに恐がるのは、人間として成長や進歩がありません。そうした作業に、不安や恐怖を感じるよりも、次回は同じ困難に陥るまい、という気持ちの方が私には強いのです。