私の本業 ミニ耕運機を使ってみる

 今月に入ってここ数日間のうちに、気象予報通りに寒さが和らいできました。日中は3月上旬の暖かさを感じさせる日さえありました。凍りついていた屋外の地面も起こせるようになってきたので、早速ビニールハウスの中の土おこしを始めました。でも、まだ十分には地面も暖まっていません。空気もまだ冷たい時があります。
 例年だと、80代のお爺さんの田中さんから耕運機を借りるのですが、まだ今の時期では低温のため、そのディーゼルエンジンがかからなくなることがよくあります。日中の陽がかげると急に気温が下がって、耕運機の大きな鉄の塊がうんともすんとも動かなくなります。借りている最中に耕運機が故障すると、土おこしの作業が中断してしまいます。機械を借りている時には、そのことをどうしても気にかけていなければなりません。そこで、今年は自前の機械でその作業をすることにしました。
 土おこしを自前の機械でやるということは、前々から考えていたことでした。機械が寒さで動かなくなっても、故障しても、自分自身の責任だけで済みます。また、ビニールハウスの内側隅っこなどは、耕運機では耕しにくい箇所があるため、鍬(くわ)などの農具を使って土を起こしていました。その箇所も含めて、小さな機械で土起こしできないか、ということが懸案事項になっていました。
 去年の末にホームセンターに行ってみたところ、お手ごろ価格のミニ耕運機を見つけたので買いました。1.9馬力で軽量で、しかも、小型の4サイクルエンジン(つまり、ガソリンで動くエンジン)搭載の機械で、6万円しました。この手の機械は、毎年少しずつ私は買い揃えるようにしています。就農当時は田中さんから、こうした機械を全て借りていました。が、毎年少しずつ、揚水ポンプや動力噴霧器や草刈機などガソリンエンジンで動く機械を買い揃えてきました。今回のミニ耕運機もその流れに沿ったものでした。
 耕運機やトラクターというと、1馬力10万円と言われていたくらい高価な機械でした。中古品を安く買う手もありますが、中古車と同じで故障修理代がかかる場合に注意しなければなりません。借りる場合でも、故障修理が必要になった場合はその費用を自費負担しなければなりません。いずれにしても多額の出費を覚悟しなければなりません。また、機械が大きいと、その収納場所を確保しなければなりません。野ざらしにしておくと、機械が傷んだり、盗まれたりする恐れがあります。
 ところで最近、家庭菜園を営む中高年の人が増えてきたおかげで、管理機の大きさ以下の、おもちゃみたいな小型の耕運機が開発され、売られるようになりました。その価格も、管理機よりも安くてお手ごろです。その実力はというと、高価な耕運機ほど深くは耕せないものの、トラクターで耕せる深さにそれほど劣らないところが凄いです。私の借りている畑の土は粘土質が強くて、常時上を踏み歩いているだけでカチカチになってしまうのですが、こんな軽量な機械でも硬くなった土をしっかり削ってくれます。最近は円高のせいで、自動車と同様に、高価な農業機械も海外で以前ほど売れなくなったのかもしれません。その分を内需向けに転換して、安くても性能のいい農業機械が開発されて売られるようになったのではないかと思います。それは、とてもいいことだと思います。
 土を耕すことがなぜ必要なのか。土を耕さずに植物を育てる方法(不耕起でやる方法)も無くは無いのですが、私の知っているかぎりでは、浅間山のふもとで火山灰が堆積している場所で、有機野菜の多品種少量生産をやっている所だけです。当然のことながら、収穫量は期待できません。言うまでもなく、普通の地面では、植物の根っこがよく成長できるように、土をよく耕して弾力性のある柔らかさにしなければなりません。堅い地面を起こすために、農具や農業機械を使う必要があります。
 昔は、牛や馬に鋤(すき)を引かせて、土を起こしていました。もしくは、三又(みつまた)という農具を使って人力で土を起こしていました。牛や馬が飼えない場合は、三又がかなり活躍したそうです。この農具は、三本の先のとがった刃がついたフォークみたいな道具で、ホームセンターの農具コーナーにあるのを見かけることもあります。が、最近はほとんど使う人を見かけません。
 講談社のコミック(モーニングKC)の『夏子の酒』第19話〜第21話でこの農具を見ることができます。25坪の田んぼの土おこしをするために、この漫画の主人公は何日もかかって悪戦苦闘します。実は、私はこの三又を買って実際に30坪の畑をおこしてみたことがあります。誰も使わなくなって売れ残っていた農具だったので、2000〜3000円の定価のところを、980円で入手しました。30坪の畑をおこすのに、2〜3時間かかりました。少々腰にきて疲れましたが、大したことはありませんでした。漫画の主人公の夏子さんは、女性でしかも農作業をする体ができていなかったので、なかなか作業が進まなかったように思えました。
 このような農具を使う方法は人力を使いますが、お金の面からするとほとんどかからず安上がりです。鍬(くわ)やスコップを使っても同じことができます。農業で『耕す』ということのイメージは、人間が鍬(くわ)で土をおこすものだと今でも多くの人が思っています。だから、農業は大変だと、まず誰もが考えます。
 しかし、機械を使うととんでもないくらい簡単な作業になってしまいます。お金の面で機械本体・燃料代・保守修理代がべらぼうにかかる一方、人の費やす労力と時間が少なくて済みます。30坪の畑を耕運機で耕すと、30〜40分かかります。鍬(くわ)などで土をおこすよりも4倍も速くて、作業の疲労度もやや軽いです。歴史的に見ても、耕運機が一般に使われるようになって、農作業の環境はかなり変わったようです。それから後にトラクターや各種農業機械がつくられるようなって、農業の機械化は今日までにかなり進んできました。
 ただ残念なことに、これらの農業機械は、日本国内の農業活動に十分に貢献してきたとは言えません。なぜならこれらの機械のほとんどは、貿易経済立国であった日本にとっては、外国への大切な輸出品でした。私は、中学校の社会科の授業で、農業機械が外国への重要な輸出品目の一つであることを学びました。原材料を輸入して、加工品を輸出する加工貿易こそが、日本が世界で生き残っていく唯一の道であると、学校で学びました。資源もなく、耕地も狭い国内の、農業機械の需要など、当時一般的には考えることだけでもナンセンスなことだったことでしょう。また、当時はかなりの円安でもあったために、どんなに高価な農業機械を作っても海外へは売れたようです。
 しかし、当時日本国内の農家が同じ機械を買おうとすると、素晴しい機械に変わりありませんでしたが、高価すぎて、多額の借金までして買わなければならないことが多かったようです。農作物の単価は、消費者のことを考えて一般的に低いものです。その一方で高い機械を買わなければならなかったために採算がとれず、結局借金が返せず、ビジネスとして続けられなくなってしまうことが多かったようです。今日、農業の共同経営や農業法人経営が進められている本当の目的は、そうした高価な機械を導入するための資金作りにあると思われます。
 少し難しい言葉ですが、『費用対効果』を考えるべきです。効果的な資金の使い方を前もって考えないと、無駄な買い物をしてしまったり、損失をまねいてしまいます。例えば、トラクターを購入する資金があったとして、そのトラクターの稼動する日数が一年365日中で2,3日しかなかったとしたら、トラクターを買うべきではありません。それに対して、一年365日中で150日も稼動する灌水設備(かんすいせつび。植物に水やりをする設備。)が同額の資金で購入できる場合は、トラクターではなくてこちらを購入するべきです。
 高価な農業機械の『費用対効果』を、コンバインで考えてみましょう。コンバイン一台あれば短時間でお米の収穫ができます。その一方で、コンバインの機械本体・燃料代・保守修理代がべらぼうにかかります。個人で使うには、収支のバランスがとれません。従って、共同購入と共同利用によって機械の年間稼働率を少しでも上げざるおえません。また、大規模な土地利用で機械の稼動面積を広げるしかありません。要するに、海外への売り先のように大規模な農家でなければ採算が合わないと考えるのが当たり前のことなのです。
 目的に合わせて機械というものが開発されるものであるとすれば、海外輸出用に作られた高価な機械が、国内の需要に必ずしもマッチするとは限らないと思います。大型の自動車を北海道あたりの広い道路で走らせるのは楽でしょうが、東京都内の混雑した道路で快適に走れるかといえば、事故の危険にあうほうがはるかに高いことでしょう。都内の道路でしたら、小型の軽乗用車のほうがはるかに安全に運転できます。
 さらに私は、農業は、技術的に成熟した、完成した、もはや進歩を必要としない業種であるとは考えていません。それどころか、欧米で新しい技術が日々開発されて商品化も多くされています。
 たとえば、虫ボードの話をしましょう。10枚セットで500円の、黄色いプラスチックの両面粘着板をホームセンターなどで買うことができます。実はこの製品は、シンガポール製で、特許はイギリスの会社がとっています。農業試験場などで羽のある虫のチェックに一般的には使われています。私は、地元でこれを使っている人はいませんでしたが、使ってみて役に立つことを知りました。
 キュウリの栽培1年目で、私はアザミウマという小さな害虫に悩まされました。キュウリの黄色い花に取り付いて、キュウリの見た目を悪くしてダメにしてしまう害虫です。キュウリの出荷量が激減しました。農薬の殺虫剤をいくら散布しても、この害虫を退治することができませんでした。この害虫に散布した農薬が効かなくて、本当に困りました。キュウリの栽培2年目以降は、その虫ボードなるものを試しに40枚くらいビニールハウスの中につけてみました。この製品の説明書には、その5倍の200枚くらい使わないと、害虫の駆除・防除効果は無いと英文で書かれていました。ところが、アザミウマがこの虫ボードにひっつくだけで、その虫の子孫が増えなくて、殺虫剤散布の必要がなくなってしまいました。やっかいな害虫を殺すための数千円の高価な農薬をいくつも買わなくても、それ以上に効果が上がる方法を見つけたわけです。つまり、今まで前例がないとか、やったことが無い方法でもいくらでも良い方法があるということを、私は体験して知りました。しかも、それほどお金をかけなくてもそれが実現できることを知りました。
 このことは、農業用の機械にも言えることだと思います。今回購入したミニ耕耘機は、見た目がおもちゃみたいで、そんなに結果を期待していませんでした。農業用の機械としては、そんなに高価な機械ではなかったので、簡単に壊れても仕方が無いか、と思っていました。それが、今までこの種の機械を買わなかった、私の理由でもありました。硬い地面を削ったら、刃が欠けてしまうのではないかとさえ思っていました。けれども、思っていたより刃が丈夫で、間違った使い方さえしなければ土を起こして細かくするという目的をちゃんと果たしてくれます。しかも、軽量コンパクトで手で持ち上げて移動ができて、取っ手が折りたためて場所をとりません。これなら、軽乗用車にも乗せられます。機械が入れないと一般に言われている、敷地の狭い棚田に持って行って使うことだって可能だと思います。家庭菜園をしている中高年をターゲットにした機械なだけに操作が簡単で、私でも楽に使えます。一般的に誰でもシンプルな操作で使えるところがうれしいところです。
 こうした種類の農業機械が昔から無かったことが不思議です。私をも含めて、日本人の農業に対する考えの貧弱さを感ぜずにはいられません。この仕事をするために、技術的な工夫、作業的な工夫、経営的な工夫などに向けてもっと新しい見方・考え方・工夫がなされなかったのはなぜなのか、それらを自ら進んで見出せなかったのはなぜなのか、を私はしきりに反省しているところです。