マルティカの『トイ・ソルジャーズ』の日本語カバーに挑戦!

 私が三十歳くらいの頃に聴いていた曲の一つが、マルティカ(Martika)さんの『トイ・ソルジャーズ』("Toy Soldiers")でした。当時の私は、自宅で夜更かしして、全米ヒットチャートみたいなテレビ番組をよく観ていました。ポーラ・アブドゥルPaula Abdul)さんの"Cold Hearted"(『冷たいやつ』)とか、エンヤ(Enya)さんの"Orinoco Flow"(『オリノコ・フロウ』)とか、ティアズ・フォ・フィアズ(Tears For Fears)さんの"Everybody Wants To Rule The World"や"The Seeds Of Love"等を、謎めいた、もしくは、奇妙で不思議なМV(ミュージック・ビデオ)の映像と共に視聴していました。
 いずれの曲も、私は、純粋にミュージックというアートとして聴いていました。英語で歌われている曲という意識をあえて持ち合わせていませんでした。当時は、今日の私のように歌詞を日本語に訳すなどして、理解したりは一切してませんでした。つまり、歌詞の意味は、ほとんど知らなかったと言えます。それでも、斬新なイメージによるMVの映像と音楽で、私の頭の中はいっぱいになっていました。好奇心の充足感というものを得ていたと思います。
 『トイ・ソルジャーズ』("Toy Soldiers")という曲についても、当時の私は、何が何だかよくわからないなりに、好奇心をいっぱいにして視聴していました。アンデルセンの童話には、『錫(すず)の兵隊』("Tin Soldier")という話がありました。(『アニメ・アンデルセン物語』などでは、鉛(なまり)の兵隊の話になっています。)また、日本の童謡に『おもちゃのチャチャチャ』というのがありますが、「なまりのへいたい」が登場します。いずれにしても、兵隊さんの姿をしたミニチュア玩具を意味しています。
 しかし、この曲中の『おもちゃの兵隊たち』というのは、実は比喩でした。それは、ドラック中毒になった人たちを暗喩で示しているのだそうです。ドラッグについて一人一人が真剣になって考え直しましょう、というのがこの曲のメッセージなのだそうです。オリジナルの歌詞中に"It's true, I did extend the invitation"(「僕が(ドラッグ)勧誘の範囲を広げちゃったんだ。」)とあるように、ドラッグ中毒の問題を、当事者の内面から表現しています。
 ちなみに、この曲は、Kirariさんの歌唱で日本語カバーされています。そのカバー曲の内容は、『出会いと別れ』をテーマとしているように感じられました。オリジナルの曲とは違う、独立した内容の歌詞でした。
 ところで、英語のオリジナル曲では、スペイン語バージョンと日本語バージョンが作られていて、いずれもマルティカさんが歌唱しています。その日本語バージョンですが、マルティカさんが外国人のわりにはとても上手い日本語で歌われています。プロの作詞家に頼んで、作ってもらったそうです。よって、私なぞが下手にケチをつけたらいけないわけです。
 しかし、一つだけケチをつけさせていただきたいと思います。確かに、その日本語バージョンの歌詞は、最初のほうでは言うべきこと(つまり、ドラック中毒を撲滅したいというメッセージ)が、はっきり日本語で表現されていると思います。しかし、最初のほうで、それについて言うべきことを全て言ってしまったために、その曲の後半から終わりのほうに来ると、その主張がトーン・ダウンしてしまいました。聴き手の私には、その歌詞の意味がよくわからなくなってしまいました。トイ・ソルジャーズ(おもちゃの兵隊たち)の存在している意味が、英語のままでは曖昧でぼやけていて、聴き手の私はどうしてもそれを把握できなかったのです。
 そこで、オリジナルの英語の歌詞をできるだけ日本語に翻訳してみれば、そのことが少しでもわかるのだろう、と私は考えました。さらに、意訳をすれば日本語カバー曲にもできるのではないか、と考えた私は、それを実行してみることにしました。その結果を、以下に示します。



      『おもちゃの兵隊たち』



(段々と 伝わって 倒れてく
 whee...おもちゃの 兵隊みたい)


だますつもり なかったはず
なのに なぜ こんなことに
なるの?
ただの 僕の出来心が
それほどまでに 尾を引いて
悪に誘われて 落ちてゆく心

(外へおいで、遊ぼうよ!)


(*)
あちこちに 伝わって 倒れてく
whee...おもちゃの 兵隊みたい
段々と 傷ついて 戦いは
勝ちが見えない 兵隊たちよ



目覚めても 朝がつらい
ずっと目まい 感じてる
ヤバい!
歯止めなく 溺れてゆく
誘いに 負けてしまうかも


(**)
苦痛の果てに 空しさが残る

(出ておいでよ、遊ぼうよ!)



(* くりかえし)

― 勝ち目ない… ―

(**、* くりかえし)


段々と あちこちで 倒れてく
whee...おもちゃの 兵隊みたい
戦いは 終わらない 傷だらけ
価値が見えない 兵隊たちよ



 タイトルは、オリジナル歌詞そのままの直訳にしました。それで十分だと思いました。なお、今回の訳での一番の見せ所は、"How can it be ?"を「ヤバ〜い〜」と歌わせる所でした。日本語できれいに歌えるマルティカさんに、そこの所に感情こめてもらったらいいんじゃないかなあ、などと妄想しながら、その言葉を考えつきました。
 また、日本語カバー曲の歌詞に"whee..."とありますが、実際に日本語で歌う場合には小休止符として扱ってかまいません。'whee'とは、'we'と同じような発音の間投詞です。喜びや興奮の叫び声を表して、日本語の「わーい」や「ひゃっ(ほー)」に当たります。オリジナルの歌詞のフレーズが、"we all fall down"(ウィオールフォールダゥン)と歌われています。そのため、それを空耳(そらみみ)風に歌ってみると、「おもーちゃーのぉ」が「(小休止)おーもーちぁの」という節になりやすくなってしまいました。そこで、このような曲の調子を伝えるために、"whee..."という表記を加えてみました。
 ついでに言っておきますが、「勝ちが見えない」と「価値が見えない」は掛詞(かけことば)のつもりです。前者のフレーズは、"We never win"(「私たちは決して勝てない」)の訳です。また、後者のフレーズは、前者のフレーズを受けています。つまり、「勝てない戦いを続ける」ということは、「(人生もしくは戦いの)価値を見い出せない」こととイコール(同じ)なのではないか、と考えてみました。
 本当のことを言いますと、私はドラッグも、麻薬も、シンナー遊びもやったことがありません。この曲の訴えようとしているメッセージが、身にしみてわかるわけではありません。私の場合は、想像するしかないのですが、そうした薬物依存が、体や心をむしばんでしまうと、何も良いことが無い。つまり、人生の価値が見えなくなるほど、中毒に溺れてしまう。その中毒症状から立ち直って、その誘惑に打ち勝つためには、大変な苦痛・苦労と消耗や努力を伴う、ということだと思いました。
 最後に、私は、今回の曲を訳した歌詞を、私なりに拡大解釈してみよう、と考えました。すると、この曲の持つ力強さから、人生の厳しさや深ささえも感じ取れる気がしました。私たちは、どんなに苦労して努力しても、必ずしも100%成功できるとは限りません。それでも、苦労し努力し続けることがあります。たとえ失敗する可能性があっても、苦労や努力を惜しまないことだってあります。そうして戦い続けることに、兵隊たちのイメージが重なります。きっと彼らは、けっして勝てないとわかっていても、戦い続けることを選ぶのだと思いました。