『感染拡大』の疑問点

 「新型コロナウィルスの感染拡大に伴って…。」という文言を、もう1年半以上も毎日の日常生活の中で私たちは聞いています。一体、このウィルスの感染は、どこまで、いつまで、誰にまで、どんなふうにしてまで拡大するのか。それとも、この社会的なアナウンスは、壊れたレコード盤のように同じフレーズを繰り返しているだけなのか。と、誰もが疑問に思い、いい加減にしてくれと思って、焦(じ)れていることでしょう。コロナ疲れの正体は、実はそのような焦燥感なのかもしれません。
 そんなに何度も、数限りなく感染拡大して、私たちの大多数は「よくも平気でいられるものだ。」と考えてしまうところに、街中の『人流』がいっこうに減らない原因がありそうです。これは、庶民的な考え方かもしれませんが、一理ありそうです。最初、世界の科学者たちの多くは、「世界の指導者たちが、我々科学者の言うこと聞いてくれなくて困る。」とおっしゃっていました。けれども、彼ら科学者たちのその後の活躍やアピールは、大したことなくて、結局、新型コロナウィルスの更なる感染拡大を世界的に招いてしまったようです。結局、庶民や国民の心身を締めつけることしか、この問題の解決法は、彼らにも見出せないらしいのです。
 ところが、最近私はテレビを観ていたところ、感染制御学の専門家さんが「…ウィルスの伝播…」とポロッと言われて、すぐに「ウィルスが感染拡大して…」と訂正されていました。それを聞いて、私はあることに気がつきました。もしかして、私たちが俗に『ウィルスの感染』とか『新規感染者』とか言っているのは、厳密に言うと意味的に正しくないのではないか、という点です。これは私の仮説に過ぎないかもしれませんが、「感染力が強い」とは、すなわち「ウィルスの伝播力が強い」ということの世間一般で通用する表現になってしまっている、ということなのだと思います。
 変異ウィルスのデルタ株は、従来の新型コロナウィルスよりも感染力が強いと言われていました。これまで、この文言に対しては、私もピンときませんでした。しかし、「感染力が強い」とは、「ウィルスの伝播力が強い」ということだと知って、私は納得がいきました。「今度の変異ウィルスは、伝播力が強い。」という文言は、最近の日本の新規感染者の急激な増加と完全に一致します。つまり、昨今の新規感染者の急激な増加は、誰の落ち度か誰の責任かを追及する前に、『伝播力の強さ』つまり俗に言って『感染力の強さ』が、結果的な数値によって示されています。それが、当たり前のことであることを、私たちは冷静に見て理解しなければなりません。
 『感染拡大』という言葉の意味を考えてみますと、「感染が人から人へと次々に広がっていく。」という通常の意味と「感染者の体内で増殖する。」という生物学的な意味から、このウィルスが際限なく拡大して増えていくイメージを表現していると、私は思います。私たち人間からしてみれば、新型コロナウィルスには、いわば『不老不死』のイメージがあると思います。このウィルスが老いたとか死んだとか、聞いたことがないと思います。しかし、その一方、このウィルスの残骸がどこかで見つかったとか聞かされますから、物質的に壊れることはあるようです。あるいは、伝令RNAワクチンの接種で複製されたこのウィルスのスパイク部分だけでは、このウィルスは増殖しませんから、ワクチン接種後に何らかの副反応はあっても、比較的短期間で正常に戻ります。
 したがって、私としては、『感染拡大』よりも『感染伝播』のほうが表現としてわかりやすいと思います。「このウィルスの『感染伝播』を防ぐために、お店や施設をシャットダウンあるいはロックダウンするのは意味がある。」などと表現して使います。そして、その『感染伝播』の状況を知る唯一の手段が、PCR検査なのです。ただし、擬陽性の問題をいっさい考えないとしても、PCR検査で陽性が確認された新規感染者がこれから重症化するのか、あるいは、重症化しないのかがわかるわけではない、という現状をもっと考えるべきだと思います。
 無症状感染者や軽症者は、PCR検査は陽性であるものの、まだこのウィルスの感染に負けたか勝ったかが判別できない状態にいます。PCR検査は、新型コロナウィルスの有り無しを検出する唯一の手段ですが、その人体がこのウィルスの感染に負けたか勝ったかを判別できません。たとえPCR検査が陰性でも、このウィルスとの戦いで人体がダメージを受けた後では、合併症や後遺症になるリスクが高まります。または、たとえPCR検査で陽性でも、このウィルスとの戦いが始まる前であったならば、養生や療養を怠りがちになります。よって、このウィルスの感染をたやすく受け入れてしまう重篤化(私はそれを『本当の感染』と呼んでいます。)のスキを作ってしまって、もとの木阿弥と言えましょう。だから、PCR検査で調べられることは、あくまでも、その人にこのウィルスが伝播したか否かを確認できるだけだと、私には思えるのです。
 つまり、そうなると、PCR検査は『感染拡大』を防ぐ切り札と考えるべきではないのかもしれません。これまでの私たちの経験則では、その常識をくつがえすことは不可能に近いことでしょう。しかし、いくらその瞬間の感染拡大が抑えられたとしても、いずれはそのスキを突いて、このウィルスの感染は広がるものです。これまで、何度もそれを私たちは経験したにもかかわらず、妙な我慢強さがあって、それに懲りていません。これからも何度もそれは繰り返されることでしょう。一番大切なのは、PCR検査の陽性者から、無症状者や軽症者ではなくて、このウィルスに本当に感染して『重篤化』する人を確実に見つけることなのかもしれません。今の私たちの社会は、その方針に向かっているはずなのですが、まだ世間一般の承認は十分に得られていないようです。
 しかしながら、俗に『ウィルスの感染拡大』と私たちが呼んでいるのは『ウィルスの伝播』のことであり、俗に『重症化』と私たちが呼んでいるのは『ウィルスの本当の感染』のことであり、「PCR検査は、ウィルスの伝播を検出できるものの、その検査が、本当の感染(重症化・重篤化)を確実に検出あるいは予測できるものではない。」ということを、しっかり押えておく必要があると思います。