対岸の火事と思うなかれ

 これは、長野県の公式な発表ではありませんが、地元が獲得した、教訓とも思える話をしたいと思います。最近沖縄と北海道で感染拡大が顕著に見られることや、西村大臣から、都市部から訪れた人々が感染源となったらしい云々の見解があったことなどを、テレビで私は知りました。私の住んでいる地元の長野県も、一応、観光県なので、そのような地域の立場や心境がよくわかります。しかし、だからといって闇雲に物事を怖れるのは間違いだということも、よく知っているつもりです。そのように私が思うのはなぜなのか、ということを今回は述べてみたいと思います。
 これまで私はしばしば、地元での『犯人捜し』について、皮肉っぽく述べてきました。私は、直接それに関わったことはありません。けれども、その実態は、決して、からかうべきものではないことを、この場を借りて訂正いたします。実は、長野県の保健所による感染経路の追跡は、多少の経路不明はあるとしても、かなりの程度まで追えているようです。
 一般的な世間の評価では、感染経路の追跡なんか無意味だとする論調が見られるのも事実です。確かに、クラスター(集団感染)の追跡によって感染拡大を封じ込めるという、ある意味『神的な』効果を期待するのであれば、そのような反論も、ごもっともと言わざるをえません。
 私も、本音を言わせてもらえば、感染拡大を封じ込めるためのクラスター追跡は、それほど意味がないと思っています。クラスターを追跡することによって、感染拡大を封じ込めることができたとする例がたまたまあった。だから、有効だ、というだけのような気がします。それよりも、感染経路を追跡することにより、感染源を特定するのと同じくらい重要なことがわかるようです。実は、そっちのほうが、はるかに有効なのです。
 たしか、第2波の頃だったと思うのですが、あの軽井沢にも近い小諸で、大変なことがありました。私はそれを、テレビの一連のローカル・ニュースから知ったのですが、一人で勝手に『小諸事件』と命名して記憶していました。県の公式的な発表ではないので、私による事実の歪曲があるかもしれませんが、おおかた次のような状況でした。小諸で暮らす一市民が、体調が悪くなってPCR検査を受けたところ、新型コロナウィルスの感染が確認されました。そこで、その濃厚接触者をたどってPCR検査で調べたところ、次から次へと感染が確認されて、小諸地域だけの累計で100人以上になってしまったそうです。長野県は、その時に小諸地域に、県独自の警戒レベルを一つ上げました。
 H大学の文学部を卒業している私が言うのも変ですが、私は『言霊』や『言葉の持つ特殊な力』などと言うものを信じてはおりません。そんな言葉そのものの持つ効果などは一回が限度であり、市民にとってはあまり意味はないものです。その一方で、今回発生したクラスターを地道(じみち)に追跡した結果には、驚くべきことがありました。
 その感染経路を一つ一つたどっていくと、おおもとの感染源が、他の都府県から小諸を訪れた人物であることがわかりました。乗用車で高速道路を通って、県外からやって来たその誰かが、小諸に立ち寄って、地元の人にウィルスをうつして、そのままどこかへ立ち去ってしまった、ということまでわかりました。あとは、そのウィルスを地元の人たちの間で感染しあって、小諸の地域の中でぐるぐる回っているという状態でした。つまり、これは、感染経路を一つ一つ追跡すると、そんなことまでわかってしまう、という驚くべき事例と言えましょう。
 こうしたことから言えることは、感染源を隔離することで感染拡大を封じ込める、などという策が使えない場合があるということでした。感染源が行方不明ということでは、その先は追跡できませんし、どうにもなりません。しかも、罪もない地元の人たちを感染拡大の巻き添えにしていて、何の責任も問われないで逃げてしまっている、という感じがします。ただし、そうだとしても、その誰かが今でも生きているのか、それとも重症化して、あるいは野たれ死んでいるのかは、全くわかりません。そんな地元で確かに言えることは、県外から来た連中には無防備に近づかないとか、以前よりも感染症に気をつけるとかの機運が高まったことだと思います。不意に立ち寄った身元不明者のおかげで、皮肉なことに、地元の感染症予防対策は以前とは逆に高まったと言えましょう。
 もう一つ余計なコメントを付けておきます。たしか、あれはGoToキャンペーンで松本城に訪れた若い男性に、テレビ局の記者がインタビューしていたところです。それを、私がテレビで観て、思ったことを暴露いたします。その若い男性は、その屋外でのインタビューで「ネットで、比較的感染リスクの少ない場所だと知って、安心してここへ来ました。」などと答えていらっしゃいました。しかし、これまでの長野県の感染状況を毎日のニュースで観ていた私は、そのような彼の意見を聞いて愕然としました。なぜならば、それとは全く違う地元の現状を知っていたからなのです。
 「たしかに、彼の言うように、ここ松本城の城郭ではクラスターは発生していないので、安全なのかもしれない。けれども、その城下の松本市街は、第1波の時に、クラスターで毎日のように新規感染者が出ていて(長野市と同様に)市中感染も疑われていて大変だったのだけれども、彼は知らないようだ。ネット上では、観光促進のためとかで、誰かの意図によって、そのようなことが伏(ふ)せられているようだが、結局彼はダマされているような感じがする。」と、そのように私は思いました。もちろん、そのような松本市街へ行ったとしても、新型コロナウィルスのまん延しているような生活空間を避けて、別の生活空間で過ごす分には、その感染リスクは高くないのかもしれません。しかし、それにしても、(事実確認が困難かもしれないけれども)ネット上のひっかけ情報には、くれぐれもダマされないように、気をつけたいものです。