ファクターWにご用心

 今回は、この年末年始から念のために、『ファクターW』に気をつけたほうがいいかな、という話をしたいと思います。この『ファクターW』という耳慣れない言葉は何かと言いますと、あのIPS細胞で有名な山中伸弥さんの提唱されている『ファクターX』をわたくし流にもじった造語です。この『W』は、ワースト(worst)の頭文字で、最も悪いことという意味です。
 最初にまた、わたくし事で申し訳ありませんが、今年の9月に私の地元において定期健康診断をかかりつけのクリニックのお医者さんで受けました。その1か月後に、その診断結果が地元の市役所から郵送されてきました。その健康診査結果報告書に目を通して驚いたのですが、中性脂肪や尿酸の値が前回以前よりも高くなっていました。メタボを表すBMI値とか、血圧値は、前回以前と同じかむしろ少し下がっていました。しかし、腎臓の働き具合を示すクレアチニンの値や、尿たんぱくの検査では、陰陽性のしきい値から少し悪くなっていました。また、赤血球数やヘモグロビン量からも、貧血気味な傾向がまだ改善されていないことがわかりました。
 『今回の総合結果』欄には、内臓脂肪の蓄積が考えられて、生活習慣の見直しをすすめられていました。また、引き続き医師指導のもと、治療を継続してくださいとの旨が、血圧や腎機能関連の8項目くらいの検査判定と共に書かれていました。つまり、今回の私の体の健康診断では、前回以前よりも少し悪化したところがあったわけです。しかも重要なことは、その状態を私自身が自覚していなかったということにありました。
 2か月に一回の外来で11月に、かかりつけのクリニックのお医者さんにその健康診断結果についてうかがいました。ところが、意外な応答がありました。これまでであったならば、かなりきつい注意がされていたのですが、今回の診断結果についてはそれほど追及されませんでした。そのことについて、私は、後になっていろいろ考えてみました。風邪症状の人は外来しないで保健所に相談してほしいというお願いのため、外来の患者さんが少し減っている影響のためかもしれない、と思いました。しかし、それだけではないようです。もしかして、お医者さんは地元の患者さんたちを診ていて、全体的にその健康状態が前年の同時期よりも落ちていることを実感されているのではないか、という推測が私にはできました。
 わたくし事の話はここまでなのですが、ここで、ちょっと心配な『ファクターW』があると推測されます。もしも、その『ファクターW』があるとすると、最近メディアで連日騒がれている「重症者数や死亡者数の全国的な増加」の原因の一つが説明されてしまうようなのです。すなわち、日本国民全体の心身の健康状態が、私たち一人一人が自覚している以上に低下している疑いがあります。人間は体が資本ですから、いくら感染症対策を徹底しても、悪化の一途をたどってしまうのは目に見えています。このままだと、全国の新規感染者数や重症者数や死亡者数が、しばらく減ることはないという単純な予想もできます。
 どうしてそうなったのか、という原因をつきとめてみると、あの4月の緊急事態宣言にある意味一因があったようです。その解除時に西村大臣が「もうこれ以上、緊急事態宣言は嫌(いや)でしょう。」みたいなことをおっしゃられていました。「その時すでに、多くの日本国民は心身のダメージをかなり受けていて、しかもそれを全然自覚していなかった。」ということが、一番の問題だったのです。そう考えてみると、一連の”GoTo”キャンペーンは、経済的には観光産業や飲食産業などの支援であった側面とは別に、私たち一人一人の心身のケアのためという側面があったのです。しかし、現実的には、後者の側面は、多くの人々に全く理解されていませんでした。そして、そのツケを払わされているというのが現状だと思います。
 そもそも、ロックダウンというものがどういうものなのかを、私たちは本質的に理解することが必要なのです。人の移動や往来を止めさえすればいいと安直に思ってはいけません。人も物資も止めなくてはロックダウンにはなりません。日本人にわかる言葉で言えば、それは『兵糧攻め』です。その兵糧攻めで感染者数が減るので、悪者ウィルスがダメージを受けて減少するわけです。しかし、ロックダウンされた人間の心身のダメージも大きくなります。ロックダウンや緊急事態宣言などの社会的制限は、その解除後に心身のケアが十分にされていないと、のちのち半年後や1年後にそのダメージや後遺症がじわじわと出てくるのです。そして、それは当然のことなのです。よって、年末年始は、なるべく静かに過ごすことが賢明だと言えましょう。
 一般的に、私たちは、ロックダウンや緊急事態宣言をすれば、感染拡大が抑えられて、新規感染者数が減るということを、過去の経験として知っています。だから、メディアでアンケート調査をとると、「再び緊急事態宣言を出してほしい。」という意見が多いことがわかります。しかしながら、その方策に賛同することには注意が必要です。ウィルスに対する『兵糧攻め』が本当に正しいのか、冷静な検証が必要です。そのようなことへの私たちの判断が、間違った経験則に基づいていかないことを願っています。