故人の霊を知らずして…

 あるいは、「先人の轍(わだち)を踏まずして…」とでも申しましょうか…、テレビのニュースなどで発表される毎日の新規感染者数を観ていて、私には思うところがありました。某ニュース情報番組で、コロナにかかったことのある出演者の意見として、ついさっきこんなことを聞きました。「軽症だ、軽症だと言って、全然軽症じゃないじゃないか。熱やせきがひどくて、そんなの嘘っぱちだった。」などど、のたまっておられました。しかし、そんなことは、1年前や2年前にも、テレビで言われていたことです。それを聞いていなかった、あなたが悪いのかもしれません。あるいは、そんなことをテレビなどから聞いていたとしても、その時の自身に関係のない情報だからとスルーして、何の気にもかけなかったのかもしれません。
 一度経験して骨身にしみている人にはクドいと言われそうですが、生まれてこのかた、はしかや水ぼうそうなどの感染症を経験することに疎(うと)かった人たちのために、本当のことを教えてさし上げましょう。はしかや水ぼうそうなどのウィルス感染症は、個人差が多少あるにしても、大人になる前にかかると、大抵、軽症で済むと、昔から言われてきました。ただし、大人になってからそれらにかかると、重症化して命が危ない、と昔から伝えられてきました。今は、おおかた故人である昔の人々にも、いろいろあったと思います。けれども、そうしたことは、感染症に関して昔から伝えられてきた基本的な知識であり、たとえ今は批判的で反発せずにはおれなくても、いずれ自ずとその知恵の良さがわかってくると思います。
 実は、私も、小学2年で『はしか』にかかり、小学4年で『水ぼうそう』にかかって、高熱が続いて長く床に伏していました。それぞれ学校を1ヶ月近くも休んでいました。何でこれが軽症なのだ、と本当に思いました。しかし、これは、発症者が自力で回復することをさまたげないための、民間療法的な知恵でもあったのです。本当のことを申しますと、ワクチンも治療薬も無かったあの頃、伝染病ではない感染症においては、自ら自然に治癒することが唯一の方法と考えられていました。解熱剤や鎮痛剤などの薬物は、一時しのぎにはなりますが、根本的に感染症を治すものでないことは、現在でも同じです。しかしながら、こうした基本的な知識や情報は、どういうわけか現在ではほとんど全く伝えられていません。と言うか、そういうことを自信(あるいは責任)を持って言い出す人が皆無になった、というのが現状です。(少なくとも、そのような現状であると認めることは、現代的な認識として妥当なのかもしれません。)
 また、お医者さんや専門家さんの医学的立場から申しますと、感染症の重症化は、どんなことをしてでも治療をしなければ、患者の命が失われる危険な状態を意味します。一方、その重症化の症状以外が、軽症なのです。つまり、感染症の医師の診断は、トリアージであって、健康診断とは違うのです。検査陽性者や感染症発症者が、健康診断で病名を告知されたような気持ちになってしまうのは、本当は適切でないと思います。軽症は早期発見の賜物(たまもの)であり、本来感染症の重症化で、急に夭逝(ようせい)することをまぬがれたわけですから、しっかりと安静にして体が負けないことを目指すべきなのです。ついでに、中等症についてですが、その後の経過で、重症にも軽症にもなる不安定な状況と言えましょう。現代の発達した医学においては、酸素吸入や早期的な治療を行って、重症化して命を失なわさぬよう努力もしています。
 そのような感染症の『軽症』が、日ごろの健康診断結果を示しているわけではなくて、医師が先進的治療をするかどうかのトリアージだということに気づいていただければ、不平不満や不安が多少は減るのではないかと、私は想像しています。思い返せば、私たちの誰もが、他人に風邪やインフルエンザをうつさないための完璧な訓練を子供の頃から継続してやってきたわけではありません。ここ1、2年の間に、専門家さんに教えてもらって見様見真似でやってきたにすぎないわけです。誰もが皆、それを完璧にできているわけでもありません。だから、できなかったことは、できなかったとして、あっさりと認めるしかないと思います。
 つまり、わからないから不安で、理解できないから不安で、それで自ら判断したらば間違った方向へ行ってしまった、という人も少なくないと思います。そうして散々うまくいかなかった末に、誰かが方針を示すと、うまくいかなかったという結果だけを突きつけて、お上(かみ)からの通達が遅い、とか、もっと早く指示して欲しかった、と文句を言う人もいます。いくら文句や愚痴や批判や誹謗(ひぼう)を言っても、それは責められるべきではなく、それは皆さんの勝手です。しかし、それを全部聞きもらさないでいる人がいるとすれば、この世の中は、何も進展しなくなってしまいます。だから、素人に有無をも言わさぬ権威主義や、即断即決の独裁主義のほうが絶対にいいという意見の人たちが、将来的に増えるのではないかと、かえって私は危惧しています。