私のプロフィール 世界文学との出会い 第2回

 先日、中国の作家さんがノーベル文学賞を受賞されました。が、私はその人が中国映画『紅いコーリャン』の原作の小説家であることを知りませんでした。また、残念ながら、私は日本人のくせに村上春樹さんの作品を読んだことがありません。学校の教科書でも学んでいません。
 中国の小説家と言いますと、魯迅さんを知っています。日本の漢字読みでは、昔から「ろじん」と呼ばれていましたが、「ルーシュン」という現代中国語の呼び名でも、日本では知られています。日本の義務教育で最も大事な時期である、中学三年の国語の教科書で『故郷』を翻訳で読んで学びました。それは私だけではなく、現在に至るまで、多くの日本人が中学三年の国語の教科書で魯迅さんの『故郷』の日本語訳を読んで学んでいます。
 私は世間でよく言われている愛国心についてはよくわかりません。が、魯迅さんの中国本土と中国国民を愛する気持ちはよく理解できました。それは国家の枠や国境を越えて、本当の愛国心とはどういうものかを全世界の人々に伝えているように思えました。その意味で、魯迅さんの文学は世界的な広がりを持った文学の一つであると、私は思っています。
 愛国無罪の教育なんかより、魯迅さんの『阿Q正伝』や『故郷』や『薬』を読むほうが、ずっと精神が充実すると思いました。魯迅さんのおかげで、多くの日本人が正しいことを学ぶことができていると、私は思っています。このことを、多くの中国の人たちは全く知らないことでしょう。
 魯迅さんは決してキレイごとを書かない。現実のひどい物事を書いてはいるけれど、そうしたひどい状況に置かれた人びとを何とかして救ってあげたい、という気持ちが文章の端っこに見え隠れしているように私には思えました。もちろん彼は、実際にそれを救済してはいないのですが、それは現実的には仕方がないことです。阿Qと呼ばれる無実の人物が処刑されるのを、彼が実際に救ったわけではありません。『わたし』が故郷で再会した幼なじみの閏土(ルントー)を貧しくみすぼらしい状況から救ったわけでもありません。また、饅頭(マントウ)にくるんだ人の心臓を薬だと言い聞かされて食べさせられる人を制止したわけでもありません。
 しかし、そうした短編小説や中編小説を読んだ人は「こんな現実で本当にいいのか?」「もっと正しい現実に変えられないのか?」と思わせられ、考えさせられます。そのように考えや思いを仕向けてくれるように書かれているのです。
 「巧言令色少なし仁」という『論語』の言葉があります。が、二千年以上前のそうした難しい言葉を知らなくても、魯迅さんのこうした小説が伝えたいことは、多くの中国の人たちでも理解できると思います。是非とも、愛国教育の一環としてでもいいですから、中国でももっと魯迅さんのことを教えて欲しいと思います。