私の本業 種屋さんと交渉する

 春先に上田市内の苗(なえ)屋さんに出荷する苗用の種と、夏の初めに直売所に出荷するトマト用の種を、上田市内の種(たね)屋さんに注文する必要がありました。去年までそれらの種は、毎年いろんな苗の栽培・出荷を請負っている農家さんである80代のお爺さんの田中さんに頼んで、種屋さんから取り寄せてもらっていました。今年の初めに田中さんに挨拶に行った時に、今年からは種屋さんに直接注文しに行ってもいいですかと、私から田中さんに提案してみました。
 というのは、私や田中さんの苗に関する業務状況がここ最近変わってきたからです。田中さんは、苗の栽培・出荷の仕事を後継者に任せつつありました。また、私が田中さんから引き継いだ苗の仕事(つまり、レタス・春キャベツ・ブロッコリ苗の栽培と出荷)が、毎年定着してきつつありました。したがって、田中さんやその後継者の人の手をわずらわせずに、私がその仕事を独自に進められるようになるのが良いのではないかと、考えられました。
 これまでも私は、田中さんをいつまでも頼りにしていては自立できないと考えてきました。就農した最初の一、二年は田中さんからいろんな機械や道具を借りていましたが、年毎に自費で買える物は少しずつ買い揃えてきました。また、作業的にもなるべく田中さんからの助力に頼らなくてもこなせることを第一に考えて、いろんな作業を自力でできるよう工夫してきました。今回は、春先の苗の栽培と出荷の作業と、早出しトマトの栽培と出荷を自力で続けていくメドをつけるステップの一つとして、自ら直接、種屋さんに行って注文をすることを学びたいと思いました。田中さんは、「もし種屋さんが言うことをわかってくれなかったらば、俺の名前を出していいよ。」と教えてくれました。
 また、私としても一度は種屋さんに会って挨拶しておく必要があることを、かねてから懸案にしていました。田中さんを通じて毎年、種を間接注文している種屋さんがどういう場所でどういう人がやっているのか知りたいと思っていました。実際に行ってみると、上田市内といっても初めての場所だったので、道に迷いそうになりました。店を構えている地元の人に道をきいて、やっと目的のお店にたどり着きました。
 去年注文した時に先方から送付してきた納品書(私の名前あてになっている伝票)を持っていったのですが、お互いに初対面の相手であり、腹の探り合いがありました。去年私が受取った納品書には取引をした物品の金額は記載されていませんでした。が、請求書の実際の金額を田中さんから教えていただいて、いくら代金を払ったかわかるように納品書に金額を書いたものを、相手の種屋さんに見せました。そして、去年とほぼ同じ注文をしたいのです、と話してみました。
 すると、「苗屋さん向けに苗を作っている農家さんには、この伝票の価格の通り、実際の価格の二割引きで取引しているのだけどね。」と相手の種屋さんが私に言ってきました。「あなたは苗屋さん向けに作っている農家さんには見えないから、価格の二割引では売れないよ。」という意味でした。私は、あわてて弁明しました。「確かにトマトの種は、自分の畑で栽培して直売所にトマトとして出荷しています。でも、(苗用の)レタスと春キャベツとブロッコリの種は、田中さんから業務を引き継いで、苗として育てて苗屋さんに出荷しています。」と、はっきりと相手の種屋さんに伝えました。私は、ただ種を注文しに来ただけだったのに、種屋さんから不意に突っ込まれてしまいました。初対面とはいえ、黙っていては損をすると思って、正直に事情を打ち明けました。
 こんなの当たり前だ、と言う人がいると思います。少し説明します。私の亡くなった父の場合は、これと同じ状況になった時、私とは違う考えで、私とは違う態度をとっていました。私の父によれば、初対面の売り手に対しては余計なことを言ってはいけないのだそうです。ある日、私の父が、私の母とデパートに行った時の話です。母が見知らぬ店員さんに、商品のことを根掘り葉掘りたずねていたら、私の父はいきなり怒り出して、私の母を叱り飛ばしたそうです。私の母は、わけがわからないと言っていました。私の父は、お客が売り手とあれこれ余計な話をすることは、お客としての威厳を失ってしまうと考えていました。お客は大人しく気取って黙っていれば、店員さんが気にかけて、気を使ってくれる、つまり、人並み以上にサービスしてくれるというのです。現に、私の父は、このやり方でカメラ屋さんや家電屋さんでお得意さんとして、店員さんに気を使われていました。しかも、そのことを家族に自慢していました。
 そんな父を、私は非難するつもりはありません。けれど、悪い店員さんにだまされて、高価な買い物や損な買い物をさせられなくて良かったと思います。実際にそうならなかったのは、父の買い物のセンスがたまたま良かったからです。普通だったら、店員さんにお客としての意見を言わないと、勘違いや食い違いが起こります。ほとんど無言でいながら、店員さんと仲良くなったと自慢などしないほうがいいのではないか、私は父に対して思いました。
 私の父に言わせれば、黙っていろと言われそうでしたが、私は、初対面の種屋さんを相手にただの注文をしに来たつもりが、それでは済まされない状況に立たされました。種屋さんは、種のメーカーさんに注文を出さなければならなかったので、種のユーザー(この場合は私)がいい加減な立場では、メーカーさんと交渉ができません。そのために、ユーザーの用途や目的を確認してきたのです。私の直接交渉の結果、種屋さんにわかってもらえました。去年までと同様、二割引の価格で取引してもらえて、良かったです。