テレビドラマ『イグアナの娘』について

 私がこのドラマをテレビのオン・エアーで見た時は35歳でした。このドラマで主人公のお母さんを演じていた川島なおみさんとほとんど年齢が変わらなかったにもかかわらず、私は十代後半の気分でこのテレビドラマを観て、のめり込んでいたようです。ちょっと気持ち悪い感じですが、当時の私がオタクであったことを差っ引いて理解して頂きたいと思います。ちなみに、当時の私は、このドラマの主人公を演じていた菅野美穂さんのファンでした。
 ところが、このドラマを見ているうちに、主人公の菅野美穂さんの顔が(本当に失礼で申しわけありませんが)ちょっとばかり爬虫類っぽく見えてきてしまいました。それだけ主人公の女優さんの演技が真に迫っていたからだと思いますが、このドラマの脚本や演出やメイクや衣装の担当者が素晴しかったことも見逃せなかったと言えます。特に、イグアナの『かぶり物』は、エルトン・ジョンさんの唄の歌詞にあるように、まさに「ちょっとファニー」(a llttle bit funny)な感じで、一度、目にしたら決して忘れられないインパクトがありました。グロテスクというよりも、おもちゃみたいな感じでした。おそらく、あの『かぶり物』は、世界で誰が見ても「ファニー(funny)」な印象で通用したと思います。
 実は、私は原作の短編漫画も読んだことがあります。それと比べると、テレビドラマは(即、『着包(きぐる)み』か『かぶり物』だとわかる)イグアナの『かぶり物』のインパクトが強く、ちょっとおかしな感じがしました。シリアスなドラマ展開の中に、突然そのイグアナのかぶり物が出てくると、グロテスクではあるけれども、何かおかしくて(つまり、変な印象というよりも、笑いをさそってしまうような感じで)、そういう意味では、原作の漫画と似たような雰囲気をテレビの画面で伝えているような気がしました。
 実は現在、私はこのテレビドラマのDVDソフトを第2巻だけ持っています。このドラマの4、5、6話を以前秋葉原で買ったそのDVDで観ることができるのです。あの懐かしの横浜ドリームランドの情景を見ることができます。メリーゴーランドや観覧車などの、大きくて立派な遊戯マシーンを見ることができます。そのDVDの映像は、とても貴重な映像だと思います。
 それはさておき、(ちょっと気持ち悪いのですが)当時三十代だった私が、何故かこのドラマを十代の気分で見ていたという、その証拠を示しましょう。主人公の青島リカは、妹の代わりにファミリー・レストランでバイトをすることになりました。たまたまそこに来ていた妹の家庭教師が、かなりいかがわしい話をその男友達としていました。それを耳にして、妹を侮辱されたと感じた彼女は、その大学生の席に行くやいなや、水の入ったコップをつかんで、彼の顔めがけて水をぶっかけました。そのため、彼女は大学生に脅されそうになりました。その姿を店の外から目撃して、彼女の同級生たちもかけつけて来て、店内は乱闘騒ぎになりました。ところが、不思議なことに次のカットでは、その乱闘が終わって大学生の姿は無く、彼女と彼女の同級生だけが店内に残って、大学生に殴られた同級生の『のぼるくん』が怪我の手当てをされているシーンになっていました。
 一見、当たり前のようなシーンに見えますが、大人が見たら、ちょっと変であることに気づくと思います。いかなる理由があったにせよ、主人公が、ウェイトレスの分際でお客にコップの水をぶっかけたのは事実です。その責任を負ってアルバイト先を辞めさせられるのが普通です。ところが、このドラマでは、そうなりませんでした。当時三十代の私は、その一連のストーリー展開に不自然さを感じませんでした。つまり、真面目な性格の主人公の立場に立って、その青島リカが、破廉恥な本性の大学生に怒りをぶつけるのは当然のことだと思ったからでした。現実的・常識的に見ると不自然な事柄であっても、主人公の視点でそのような話の流れになっていれば、少しも違和感が無いと考えていたのだと思います。
 また、青島リカとその同級生たちの人間関係が、このドラマの中核を成していたことも、そのようなシーンが変でなかったことの理由になっていたようです。彼ら同級生の言動が、主人公の心の成長に大きな意味を持っていたと言えます。つまり、このドラマの主人公の心は、彼らとの関係、あるいは、彼らからの影響に左右されやすかったようです。自らの顔がイグアナに見えてしまって、あらゆることに自信を喪失していた主人公の少女が、そこから奇跡的に立ち直ることができたのは、彼女のまわりのそうした『他人』である同級生たちからいろいろな影響を受けたからだと思います。
 特に、このドラマでは、佐藤仁美さん扮する転校生が、主人公の青島リカが立ち直るためのキーパーソンなっていました。主人公の青島リカは、その転校生と出会って、ホッとしたのだと思います。そして、ある事件がその友人に起きて、主人公はショックを受けて、自らの転機を迎えました。私は、年甲斐も無くその転校生の少女が好きでした。当時私は、主人公を演じていた菅野美穂さんのファンでしたが、その頃の佐藤仁美さんは私の好きな、さっぱりした性格の女性(と言っても、セーラー服の少女)を演じていらしたので、私はファンになろうかと思ったほどでした。今の若い人たちには『家政婦のミタ』の恐いオバサンとしか見えないかもしれませんが(最近では『実験刑事トトリ』でシンガー役でゲスト出演されていましたが)、あの頃の私の目には「何となくかわいい少女」に映ったのだと思います。ところが、彼女は間も無くドラマの中で交通事故に遭って亡くなってしまいました。私は、このことにショックを受けて、作り話であるにもかかわらず縁起が悪いと思い込み、ファンになるのをあきらめました。今から考えると笑い話のようですが、例えドラマとはいえ、劇中で人が命を落とすのは気分が悪いものです。このようにして、ドラマの巧妙な脚本および演出によって、私の心は、まんまとはめられて、振り回されてしまっていたわけです。
 このドラマの主人公がそうだったように、煮え切らない性格の女性は私が一番嫌いなタイプでしたが、それをかばうように現れた友人の役というのは、かなり魅力的だったと思います。そう感じたのは、きっと私だけではなかったと思います。そういう意味で、このドラマにおける佐藤仁美さんの演じられた役は、多くの視聴者にとって心ひかれる良い役であったと思います。
 あれこれ細かい点を述べてきましたが、ついでに言わせてもらえば、当時ホンジャマカ石塚英彦さんが演じられたファミレスの支配人の役も結構魅力的だったと思います。いくら当時の経営者の心が広かったと言っても、これほど常識から離れたキャラクターも珍しいのではないかと思われました。妹の代わりに働くことになった主人公に、アルバイトをやめる折に「がんばったね。」と少しばかりバイト料を手渡すシーンがありました。バイト料は全額、妹のほうに前金で手渡されていたのに、ずいぶんと気前がいいなあ、と一視聴者の私は思いました。でも、ドラマの見方としては、ここは大人の常識を捨てて、素直に『他人』の善意としてそれを受け取ることが正しい見方だったのです。話の流れから見ても、主人公はその少しばかりの『お給料』で、お母さんの好物であるパッション・フルーツを果物屋さんで買うことを思いつきます。そこで、私たち視聴者は、パッション・フルーツにかぶりつく動物のイグアナの姿を、何故か頭の中でイメージできるわけです。
 このように、このドラマには、単なる若者の恋愛ドラマや、親子の確執のドラマの主題(テーマ)とは別に、そうしたローカルな、細部に凝っていたところがありました。それがまた、このようなドラマの面白いところでもあったわけです。