異国の唄 『蘇州河辺』の日本語カバーに挑戦!

 よせばいいのに、という意見も御座いましょうが、今回は中国語の唄『蘇州河辺』の日本語カバーに挑戦してみようと思います。私がなぜこの唄に思い入れがあるのか。その記憶をたどってみると、テレビで見た一つの映像に思い至りました。
 NHK教育テレビの中国語講座『中国の歌』のコーナーで、この唄の(少し長めの)ピアノ前奏が始まりました。その時テレビには、中国の四角い提灯が映し出されていました。私には、それがとても綺麗に感じられました。そう言えば、香港映画の『花月佳期』の中でも、中国風の提灯が沢山屋内にぶら下っていました。また、当時、私は中国雑貨店『大中』(「ダイチュウ」と呼ばれていました。)に行った時に、中国の提灯がいくつか店内にぶら下がっているのを見たことがありました。そして、やっぱり綺麗だなあと感じました。にもかかわらず、私はそんな中国の提灯を一度も買ったことがありません。日本の家の中にぶら下げておくのは違和感があってできませんでした。でも、三十代のあの頃は、それを見るだけで明らかに気持ちが落ち着きました。
 まずは、中国の提灯が好きだった、というだけの話でした。ところで、その中国語講座『中国の歌』のコーナーでは、「こんな中国語の唄がありますよ。」といった感じの紹介にとどまって、それ以上の詳しい説明は知ることができませんでした。その中国語の歌詞の内容だとか、その唄の背景にある簡単な歴史とかの解説を私は一切聞いたことがありませんでした。つまり、私はつい最近までこの唄に関して詳しいことは何一つ知りませんでした。ただ中国語講座のテキストに書かれた歌詞を真似してノートに書いてみたり、テレビの画面に出ていた字幕でその歌詞を覚えて中国語で唄ってみたりすることしかできませんでした。
 今回YouTubeのサイトでこの唄のいくつかの動画のコメントを見ていたら、この唄の由来に関する記述を中国語と英語で知ることができました。少々くだけた説明で申し訳ありませんが、この唄が最初に世に出たのは1946年で、中国のリチャード・カーペンターだったかもしれない姚敏(Yao Min)さんが作詞作曲して、その妹の姚莉(Yao Li)さんと唄ってレコーディングしたのが初まりだったそうです。
 その時代背景から想像してみましょう。中国では、1945年8月半ばにやっと日本との戦争が終わりました。しかし、それに安堵するのもつかの間、日本と戦うために一時休戦していた中国の二大政治勢力は、内戦を再開しました。
 そのために、中国人同士が戦争をしなければなりませんでした。そのことを辛く悲しく思っていた人たちも少なくなかったと思われます。これは私の想像にすぎませんが、この唄の作者もそうしたご時世を憂いていた中国人の一人だったのではないかと思います。この唄の中で登場するアベックに例えていたのは、本当は、仲良くして欲しい者同士のことだったのかもしれません。この唄にこめられた作者の思いは、ただのロマンチックな想いばかりではなく、人間としての心を大切にしようよ、つまり、非人間的にならないようにしようよ、互いに相手を尊重し合おうよ、という想いに貫かれていたと私には思われました。
 そうしたささやかな予備知識を踏まえて、私が作った日本語カバーを見ていただきましょう。


   『蘇州の河辺にて』

夜(よる)が更(ふ)け、ひっそりして 河辺(かわべ)は誰もいないけど
お互いの手を取って 暗い夜路(よみち)を行きましょう

夜が更け、ひっそりして 河辺にあなたと二人っきり
そよぐ風と、またたく星 上着の裾がなびいてる

迷子になったみたい 河辺沿いを彷徨(さまよ)って
路(みち)が消えてしまったのかな 路を忘れてしまったのかな

夜が更け、ひっそりして この世にあなたと二人っきり
お互いの目があって わかりあえるのさ 二人なら


 歌詞の内容は、大体次のとおりです。蘇州の河辺(かわべ)に沿ってアベックが歩いていたら、路(みち)に迷ってしまった。あてどもなく二人で彷徨(さまよ)いながら、相手に話しかけずにおれないくらい不安な気持ちでした。けれども、相手の姿によく目をやって確認しあったならば、そんな不安感ははねのけて、それを(互いに相手に何も訊かなくてもいいような)安心感に変えられたのことよ(怪しげな日本語のセリフみたいになってしまいました。)、といった具合です。
 そんな歌詞の内容は兎も角として、中国語の唄を日本語でどう唄うのかについて、ちょっと触れておきましょう。実は私は、唄のメロディーを大まかにつかむということをよくやります。楽譜の音符で表すならば、なるべく単調なリズムとメロディーに、聞いた音楽を頭の中で直してしまいます。耳に入った音楽をある意味でデジタル化してしまうのです。一方、耳の良い音楽家や歌手は聞いたそのままを記憶できるようです。いわゆるアナログ情報を受け取ってそのまま再生できるというわけです。日本の純邦楽や民謡などは、人が唄うのを直接見聞きして習得することが多いと聞きます。楽譜を見てメロディを覚えるよりもずっと手間と時間がかかるそうです。
 それに引き換え私のそのやり方は、歌詞の語数とメロディ(と言っても、自分勝手に覚えた擬似メロディ)の音符の数を合わせることが簡単にできてしまいます。たとえば、「よーがふけーて、ひーそりーして、かわべーは、だーれーも、いないけどー。」と、なるべく平板なリズムとメロディーにしてまずは理解します。それからその後で、おおもとの唄(原曲)を改めて聞いてみます。その唄の本来の節(ふし)、つまり、その唄の本来のリズムとメロディーの感じに唄えるように、創った日本語の歌詞を似せていきます。「よ〜るがふけ、ひっそりぃしてー。かわべーは、だーあれもいーないけど。おーたが〜いぃのー、てーをとぉお〜てー。くぅらいよみちを〜、いーきましょうー。」というふうに唄ってみるのです。
 私のこのような一連の操作は、ちょっとした面白い現象を引き起こしました。それについては、また、場を改めて述べてみたいと思います。