アニメーション 『ハートカクテル』

 いつ頃だったか忘れてしまいましたが、夜遅く短い時間でアニメーションをやっている番組がありました。『ハートカクテル』というのがその番組名でした。テレビで毎回見ていたわけではありませんが、当時映像媒体の一つであったレーザーディスクでまとめて見た記憶があります。後にDVD化されたそうですが、私はしばらく『ハートカクテル』のことを忘れていました。そのうち廃盤になったそうです。
 アニメーションといっても、人物はあまり動きませんでした。アニメを見ている視聴者自身が、大人の心で動かして見るような感じのアニメでした。つまり、それはいわゆる『大人のアニメ』だったのです。映像がほとんど動かないか、もしくは動きが少ない分、大人のショート・ストーリーを音楽を聴きながら想像を膨らましていく、そういう特異なアニメーションでした。
 一見、手抜きのように見えて、人気が長続きしなかったのかもしれません。でも、こういう映像表現の仕方もあって良いと、私は思いました。私は、このアニメで使われている松岡直也さんの音楽(後に、三枝成彰さんの音楽)が好きで、この『ハートカクテル』にまず惹きつけられました。何回か見るうちに、今度はこのアニメのイラストとストーリーにはまってしまいました。
 作者のわたせせいぞうさんのイラストとストーリーは素敵です。ほとんどのストーリーが、若い男女の交際にまつわる話のため、私はそのショート・ストーリーの一つ一つを見た後で「男って…、そうだよなあ。女って…、そうだよなあ。」と感慨深げに思うのです。
 「ボクのネクタイ」「2005年―タケルの愛」「ボーイフレンド」「志乃さんの珈琲店」「さよならホワイト・レディ」「ふたりきりのビアガーデン」「彼女の名前」「兄のジッポ」「プール・イン・ザ・レイン」「夢の中でウェディングマーチ」「暖かさも一代きりなんて」「彼のパパは東へ行けと言った」「北へ215キロ」「コスモス・アベニュー」「春宵一刻花粉症」などなど、どれも面白いイラストと音楽とショート・ストーリーでした。
 これら『ハートカクテル』のショート・ストーリーの一つ一つに、私は男女の恋愛や交際について妄想して楽しんでいました。そういう疑似体験をさせてくれるところに、このようなアニメの存在意義を感じていました。
 そしてまた、イラストっぽい映像には美的なセンスを感ぜずにはおれません。空はグラデーションを使って描かれ、白い雲や緑の木々などには陰陽があってコントラストのある2色で描かれています。ネクタイなどの小物から建物などの大きな事物まで、細かくカラフルに色づけされています。その一方で、男女の顔は簡略化されて、明るい肌色で表現され、陰影はありません。月並みな意見ですが、そうしたイラストの手法は綺麗だと思いました。
 音楽なども、聴いているだけで元気が出そうなものが多く、よくテレビ番組などのBGMに使われたりします。
 このようにヴィジュアル的にもオーディオ的にも面白い作品は、あまり無いのかもしれません。しかも、大人向けの作品となると、そう簡単にはこの世に生まれてこないかもしれません。このアニメを今でも見たいと思う根拠は、そこにあるのです。