ドラマ鑑賞入門 『14才の母』

 このドラマを頭ごなしに否定する人の気持ちがわかるような気がします。
                       (誰だかわからない人のコメント)  
 ぼくの本心を言いましょう。14才の母なんて、とんでもない。道徳上、許されるわけがない。未成年を大人扱いできるわけがない。子供にこんなドラマを見せてもわかるはずがない。こんな現実は、絶対認めるわけにはいかない。これが一般的な大人の意見であり、ぼくも同じ意見なのです。
 では、そんなぼくがなぜ『14才の母』のドラマを見ることをすすめるのかを話しましょう。
 これは現実ではなく、架空の世界の話なのです。ドラマの設定が現代で、現実の社会問題を扱ってはいますが、それは全て架空の世界における、現代であり社会問題なのです。まだ信じられない方のために説明しますが、ドラマの見せ場で風景がハイビジョン映像で美しくなったり、素晴らしい音楽が流れたりということが、現実の世界で起こり得るでしょうか。そんなこと起こるわけがありません。
 ドラマの中の現実と思われる世界は、全て作り物の、現実を歪めて脚色された世界なのです。なぜそんなことをするかと言えば、各人それぞれの異なる日常生活(本当の現実)とは切り離してドラマの世界を見せることにより、ドラマを作る側とそれを受取る側が、(出来事や事実ではなくて)考えや思いを自由に通い合わせることができるからです。
 しかし、このドラマは不幸なことに、作る側と受取る側が心を通じ合わせる機会を失いました。双方が、現実を引き合いに出して架空の出来事の妥当性を議論したため、ドラマの内容自体が軽視されてしまいました。ドラマが本当に伝えたかったことが、受取る側に伝わらなかった。単なる話題作に見られてしまったようです。
 ドラマの設定に、現実ではありえないものが含まれるのは当たり前のことです。所詮、ドラマとか芝居というものは虚構(うそ)であり、それを鵜呑みにして真面目に受取る側に問題があります。刑事ドラマをテレビで見るたびに、本物のパトカーを呼ぼうとする人はいないと思います。
 ですから、もう一度このドラマを架空の物語として見てもらい、見るに値しないドラマなのか、子供が見て非行に走るようなドラマなのか、14才の母って一体何なのかをドラマの内容に沿って考えてもらいたいのです。ちょっと話が固くなりましたが、主人公の生き方をたどってみたり、まわりの家族や友人の言動、お医者さんや週刊誌記者さん等の言動に注目してみると、それだけでも楽しめる作品であることがわかります。
(以上、一視聴者の意見です。他意はありません。あしからず。)