チャンスはみんなが頑張らない時にある!

 私の場合、サラリーマンではないので、今年のGW(ゴールデンウイーク)も仕事で大忙しです。でも、なるだけ食事は自炊でまかないたいと思うようになりました。そのきっかけは、去年のGWに、とある食べ物屋さんに食事で入って、注文を聞かれずに30分も待たされたことにあります。途中、店員さんに声を二、三回かけたものの、無視されました。若い店員さんしかいなくて、責任者はいないようでした。GW中で沢山のお客さんが来店したために、忙しいかったのはわかります。しかし、私だってそのお客の一人だったのです。30分すぎて、やっと一人の店員さんが、注文を聞きに私の席の前にやってきました。私は内心怒っていましたが、心を落ち着けて「その前に、水を出してくれませんか。」と言ってやりました。その店員さんは、疲れか気が動転していたのかわかりませんが、お客の私にまず水を出すの忘れていたのです。
 私は、そのことがあって二度とそのお店には行かなくなりました。そんなことで怒るのは大人げないとは思います。若い店員さんだから、みんなと同じようにGW中に遊びに行きたいという気持ちもわかります。ですが、お客に対するサービスを売り物にしているのに、その職務をお客の前で放棄するのは良くないことです。私が苦情を言うまでもなく、そんな店員は長く勤まらず、とっくにその仕事をやめさせられていることでしょう。
 同じような目にあったことがあるのは、私だけではないようです。先日あるテレビ番組で、若手の某お笑い芸人さんが食べ物屋の店員に粗末に扱われてがっかりしたと述べていました。テレビで顔が知られている有名な芸人さんであっても、そうなのです。
 私は、こんな仕事を本業としているので、必ずしも素敵な格好や服装でお店に入ってこなかったかもしれませんが、それが原因でお客を差別したり、勝手にランク付けするのは間違っていると思っていました。それだけではなく、相手のお客が誰であろうと関係なく、その店員さんの私情が関わっていたようです。そんな気持ちで仕事をしているようじゃ、何の仕事をやっても上手く行きっこないでしょう。外国人がいまだに日本人は勤勉で金持ちだと言っているのは、間違いだと私は思っています。
 私は、よくこうして他人を反面教師にするのが趣味なのです。そのおかげで私は、そのような他人と同じ失敗をせずに済んでいます。愚痴(ぐち)はこれくらいにして、実際に役に立つ話をしましょう。
 高校時代の私は、学業成績がまあまあで、中間テストおよび期末テストの点数がいつも同じくらいでした。ところが、通信簿を見ると、前回のテストとほぼ同じ点数を取ったのに、今回はどの教科も1ランクもしくは2ランク落ちていたという時期がありました。
 どうしてそんなことが起きたのか、私はいろいろと考えてみました。私の側に原因があったのか、と考えてみました。私は、これまでと何ら変わりなく、授業を受け、テストを受けました。教師の側に原因があったのか、とも考えてみました。全教師が評価の方法を変えたというウワサを聞いたことがありませんでした。残るは、私の同級生しかありませんでした。高校2年の後半になって、急に彼らのやる気に火が灯(とも)ったようです。高校三年になると、進学にせよ就職にせよ、学業成績が何らかの評価を受けるようになります。そのため、彼らにとって最も身近な学校のテストで良い点を取ることが意味を持ってきたらしいのです。一方、私の場合は、そうしたことよりも常に真面目に勉強をしていたので、ある意味マイペースで、クラス内の空気が変わってきていたことに気付きませんでした。通信簿の結果を見て初めて、何か今までと違うまわりの様子を感じたにすぎません。若い私は、この件については、かなり鈍感だったと言えます。
 偏差値というものを考えてみると、そのような現象を数値化できます。通常は、入試の資料に使われて、どの受験校の偏差値に合っているかという、わかりにくい使われ方をしますが、今回の私の経験談を説明するのにも使えそうです。たとえ私がテストで同じ点数を取っていたとしても、誰もが頑張って良い点を取ってしまった時は、そうでなかった時よりも、私自身の偏差値は下がります。つまり、私の偏差値が高かった時に得をしていた(精神的に余裕があった)ことが、偏差値が下がってそれがなくなった(精神的に余裕がなくなった)わけです。
 みんなが頑張ればみんなが良くなる、と考えるのは、特定の集団内のチームワークが成立する場合のみと言えます。一方、市場に同一の商品が大量に供給されれば、需要が追いつかず、その商品の価格や価値が(下落どころか)暴落します。せっかく、みんなが頑張って働いて、商品を大量に生産しても、その見返りの賃金は必然的にダウンします。
 従って、みんなが頑張っている時は、いくら頑張ってもその人独自の努力は認められがたく、血のにじむような努力をしてもその見返りは期待したほどでもなかった、ということが起こりがちです。逆に、みんなが頑張っていない時に、一人でも頑張ろうとするならば、思いがけないチャンスがめぐってくるかもわかりません。たとえ、そのチャンスが見いだせなかったとしても、それほど損なことではないと思います。