私の本業 技能者を雇わないわけ

 私は、農業経営上は、(農業技能者も含めて)技能者を雇わない方針です。その理由は、人件コスト面で赤字になるからです。技能分の手当てが払えません。だからといって、商品の単価にうわ乗せしたくはありません。作物に無駄なコストをかけずに安い価格で売ったほうが、消費者は買ってくれます。
 社会の流れの逆を行くような主張・持論と思われるかもしれません。技術・技能のある人ほど、高い給料や賃金をもらうべきだ、とすることが一般的な考え方です。技術・技能のある人を雇って、作業の効率化をはかったり、売上高を上げることをなぜしないのだ、と一般のお叱りを受けると思います。
 私は、その考えを否定はしていません。私の祖父は、戦前タクシーの運転手でした。戦時中は、一般の人たちが国外へ出兵して大変でしたが、私の祖父は国内で軍事物資の輸送をしていました。当時珍しいタクシードライバーであっただけで、同じ徴兵制による兵役でも、こんなに役割が違かったのです。
 しかし、農業をする上で、技能者を雇ったところで、農業経営全体の効率化がはかられたり、作物の売上高が上がるのでしょうか。私の意見としては、そうした技能者は、人に雇われるのではなく、自ら農業経営者になるべきだと考えます。それだけの技能があるというのならば、他人に手足になってもらって、経営者になるべきです。
 例えば、トラクターを使える技能者がいたとしましょう。田んぼを彼にまかせても、年に4回(春の土起こしが2回、代掻きが1回、秋の土起こしが1回)しか出番がありません。お米が収穫できるまで半年はかかりますから、その間遊んでいるわけにはいきません。私だったら、私自身でトラクターの研修を受けてすべて一人でやってしまいます。その方が無駄なコストがかかりません。毎年行う作業になるので、人件費の累積コストが発生しません。
 また、農業高校や農業大学を卒業した人材は技能面で優れているかもしれませんが、雇うわけにはいきません。農業に対する意欲があるのならば、初めから経営者を目指してほしいものです。一日も早く、経営者になって欲しいからです。そうした人材は、農業が儲からない職種であることを学校で学んで知っています。私は、そのことが悪いとは言っていません。それは、社会の現実を知るための一歩だからです。知っていて損ではないのですが、農業に関して何か技能を持っていると、そのことに溺れてしまう傾向にあります。こんなに技能や技術があるのに、なんで売上げに結びつかないのかとか、給与が余計にもらえないのかとか思ってしまいます。
 農業がもともと儲からないことを知っているがゆえに、若いのに労働意欲が衰えたり、地道に努力をすることをあきらめてしまいます。こんな仕事のために、人に言われてまで動きたくないと思うのが人情かもしれません。
 しかも、農業にはいくら働いても一銭にもならない仕事があります。地面からマルチと呼ばれるビニールの被覆素材をはがしたり、トラクターや耕うん機で土起こしをしたり、農業設備を解体してその資材を雨よけ倉庫に片付けたりします。そうした作業は、やらないわけにはいきません。後片付けをしないと、邪魔なものばかり地面に散らかって、来年になって新しい作業ができません。しかも、いくら後片付けをしても、その間の収入はゼロです。いわゆる、0円の仕事です。ひょっとしたら、マイナスかもしれません。
 私の場合は、この後片付けの期間に、アルバイトの人たちに手伝ってもらう時もあります。その場合は、アルバイト代を払います。年間で収入があった時期の金銭の一部を、この期間のアルバイト代にあてています。
 アルバイトの人たちは、もちろん素人(しろうと)です。ただし、極端に作業が遅い人や、文句ばかし言って作業をしない人は、老若男女にかかわらず、やめてもらっています。難しいことや危険なことは、アルバイトの人にはさせません。農業を知らなくても、一般的な仕事の一つとして考えてもらって、私の作業を手伝ってもらっています。また、従来の農業労働者のマイナス面(就業時間の問題等)をなるべく取り払うようにしています。アルバイトの人には、仕事上、無理をさせない。これが大原則です。
 以前、短期間ですが、新潟大学の工学部を卒業した若者を雇ったことがあります。彼は、1週間に1〜2回、2〜3時間ずつアルバイトに来ました。が、どんな作業をしても、普通の人の3〜4倍時間が余計にかかりました。ある時、そんな彼は(土日祝日は休んで)毎日8時間労働で農業をやりたいと言い出しました。彼の申し出に対して、私はこう返答しました。「委託制で、出来高制ならばいいよ。」と答えました。そんなに農業をやりたいのならば、仕事を委託するから責任持って毎日やってみな。毎日の委託スケジュールは私が立てるから、予定どおりに作業をこなしてみな。という内容でしたが、彼は申し出をとりさげました。普通の人にとっての8時間労働は、彼にとっては飲まず食わずの24時間労働になってしまうことに気がついたようです。 しかしながら、国立大学の工学部まで出ているある意味頭のいい若者が、私みたいな百姓のおじさんの言うことに歯が立たないなんて、情けないことです。日本の若い人の頭の良さなんて、こんな程度のものなんでしょうか。しかも、手足の動きもゆっくりで、同じ仕事をするのに普通の人の3〜4倍も余計に時間がかかるのです。
 このことからもわかるように、農業経営も普通の仕事と同じで、今や百姓は利口でないとできないということです。以前書いた記事で、アルバイト代を賃上げしてくれないかという申し出に上手く答えなければならなかったのも、その一例です。(『私の本業 お金の欲しい人へ』を参照。)植物の栽培管理だけできればいい、というものではなくなってきています。一緒に働く人の労務管理ができることもまた重要なのです。よって、技能のある人は、人に雇われるのではなく、人を雇って、労務管理上のいろいろなことを経験して学んでいく必要があるのです。サラリーマン百姓になって、人件費の支出ばかりで、収入が得られないなんてことになったら、それこそ大変なことになることをここで忠告しておきます。