スカッとするラストシーン

さて、いよいよ私が大好きなドラマの一つについて書く機会が来ました。今から二十年前に日本で放送された韓流ドラマの一つです。と言っても、私はこれまで最初から最後まで通して見た韓流ドラマは3本しかありません。ユン・ソクホ監督の『冬のソナタ』と『秋の童話』、イ・ジャンス監督の『天国の樹』しかありません。要するに、私は韓流ドラマや韓流スターのファンとは言い難い存在なのです。
 だけど、『秋の童話』は二十年も前に見て以来、今でも良いドラマだと思っています。ストーリーそのものよりも、監督がこだわったと言われる風景の美しさや、ドラマチックなムードを盛り上げる音楽の数々に、まず感動させられます。
 しかも、役者さんのヘアースタイルや顔のメイクや衣装などが印象に残りました。事実、ウォン・ビンさん扮するテソクのヘアースタイルは当時韓国で流行したそうです。私は日本人なので、恥ずかしくて真似できませんでしたが、心の奥ではカッコいいなあ、と思っていました。ソン・へギョさん扮するウンソに、砂浜で失礼なことを言って横っ面を引っぱたかれるシーンがありましたが、その表情とヘアースタイルがはまり過ぎていて好印象でした。ソン・スンホンさん扮するジュンソの眉毛の太さと濃さには、初めて見て本当にびっくりしました。そして、ウンソのヘアースタイルやメイクや衣装は、地味っぽくても個性的だったので記憶に残りました。あえて私は、白血病でやつれたウンソの病気メイクをおすすめしたいと思います。変な趣味かもしれませんが、控え目で優しそうな女性の表情(おそらく幻想です。)がそのメイクの時、特に感じられました。そしてまた、この3人の主人公それぞれの衣装スタイルに、少し古風だけれども個性が感じられて、ドラマを観る側をあきさせませんでした。
 このドラマの見どころを説明すると、このブログ記事の二回か三回分くらいではそれら全てを語り尽くせません。それでも、今回その中から一つだけ取り上げるならば、ウンソの葬式で飾られた遺影が良さそうです。
 遺影に使われたその写真は、白血病でやつれ果てた彼女を写したものでした。常識で考えるならば、「お葬式に使うなんて、みっともない。どうして、白血病にかかる前の元気な頃の写真を使わないんだ。」ということになると思います。それをあえて『みっともない』姿の彼女の遺影にしたところに、尋常(じんじょう)ならざる理由があったのです。その写真は、白血病で一時は危篤状態になって助からなくなった彼女が、誰にも気兼ねせずジュンソ兄さんと二人だけで暮せるようになった時の記念に撮られました。それまで経験することができなかった安心感と幸福感がその顔の表情に表れていました。彼女の家族全員は、その時期が、彼女がその短い一生のうちで一番幸せだったということを理解しました。それゆえに、その写真が遺影として使われたのでした。
 私が最初この映像の1カットをドラマの中で見た時は、何とも思いませんでした。後になって、少しばかり「何だろう?」と考えていたら、涙があふれてきました。このようにこのドラマには、見ている最中には何でもなくても、後になってそのシーンを思い出すと泣けてくるような演出がいくつかありました。
 このドラマのラストシーンでは、ジュンソ兄さんが思春期時代にウンソと暮していた思い出の地を訪ねます。しかし、物思いにふけっていたその瞬間に、突然目の前に現れたトラックにはね飛ばされてしまいます。
 このジュンソという主人公は、大金持ちの御曹司である親友テソクとは対照的に、かなり歯切れの悪い、爽やかさの無い性格のお兄さんでした。それを演じたソン・スンホンさんの撮影後のインタビューでは、そこで命を落とすのは不本意だったと述べられています。しかし、多数の視聴者の側からすれば、婚約者がいた手前上、あるいは、世間体を気にして、血のつながらないウンソの本当の気持ちを知りながら妹扱いした、この煮え切らない性格の男性が、トラックにはねられて「それみろ。ざまあみろ。」と思ったことでしょう。
 彼は、ウンソとの約束を守って彼女のあと追いはしないつもりでした。いきなり目の前にトラックが飛び込んできて、身をかわすことができなかったのも、単に足がすくんだだけなのでした。彼女との思い出の地を訪ねて、それでスッパリ彼女のことは忘れて新しい第二の人生を歩もうとした矢先の出来事だったのです。
 トラックにはね飛ばされた彼は、過去を振り返りながら(何とその回想シーンは、逆回しで、ウンソと一番幸せだった思春期に向かい、彼の心の中で美しい田園風景が広がりましたが)、ウンソを結果として幸せにできなかったことをいつまでも後悔していた、ということが明らかになりました。すると、彼の心に、ウンソが生前に彼の前で何度か言っていたあの言葉が響きます。
 「ノエジェルサーヌラ。」
 それは、そなたの罪を許す、すなわち、汝を許す、という意味のハングルの言葉です。その言葉を聞いて、彼は安堵して自らの運命を受け入れたというわけです。彼が思っていたよりも早く、天国のウンソに罪を許されて、彼女のいない現世の苦しみからスッキリと解放されたという解釈が一般的なシーンでした。まさに、亡くなったおばあちゃんに出会って天国にのぼっていった少女の物語『マッチ売りの少女』の童話と同じようにも取れる話だったのです。
 ところで、私たち日本人の視聴者は、韓国の男性と言うと、このドラマのテソクのような、爽やかな性格で歯切れの良い男前をつい思い浮かべてしまいます。それとは正反対の、ジュンソのような男性は、韓国の男性らしくないと思ってしまうかもしれません。けれども、それは大間違いで、ジュンソのような男性のイメージもまた、韓国の男性らしい一面を表現していることに注意しなくてはいけません。
 こうしたことからも、このドラマはキャラクターにも韓国っぽさがよく表現されていると思います。今回は、それを大雑把に説明しましたが、回を改めてもっと詳しく紹介したいと思っています。