Kポップスの歌詞をJポップス風に訳してみる
今回もそうですが、何がJポップス風なのかは意見の分かれるところだと思います。ざっくり言って、私は、韓国語のオリジナル歌詞を日本語の訳詞にしてみたい、というだけなのかもしれません。あるいは、そのような実験をやってみたい、というだけなのかもしれません。
それというのも、日本人の私には、どうしても引っかかる言葉(あるいはフレーズ)があるからです。韓国の歌手IUさんの『チョゥンナル』(”Good Day”『良い日』)という曲中の「オットッケェ」という言葉です。日本語で「どうしよう」という意味ですが、問題はオリジナル歌詞中のその意味内容です。
この曲の日本語バージョンを視聴すると、「告白しようかしまいか。でも、告白できない(言えない)」という、いわゆる心の中での迷いがある状態を「オットッケェ」という言葉で表現しているようにとれます。しかし、日本人としては多少へそ曲がりな私からすると、それとは違う解釈があるように思えるのです。
私はというと、日常的に、失敗か何かをやってしまってから「どうしよう」と考えるタイプの人間です。したがって、この「オットッケェ」という言葉は、『オッパ(『兄さん』という意味)』と呼んでいる目上の親しい男性に好きだと告白してしまった後で、「その後をどうしたものか」と考えあぐねている状態ではないかと思うのです。英語で表現するならば、”Shy girl has proposed”という表題に近い内容だと思います。つまり、「奥手のシャイな娘がうっかり告白をしてしまった」というのが、この曲のオリジナルの内容にピッタリだと、私には思えるのです。
というわけで、この曲の歌詞をJポップス風に翻訳してみることへの自信がつきました。私なりに作った日本語の訳詞を以下に示しておきます。ただし、その前に、オリジナルの歌詞にどうしても追いつけず及ばないところが、私の訳詞にはあることもここで明らかにしておきます。
「『本当の気持ちを伝えてくれないで、妹扱いされて、はぐらかされてしまう言葉のやり取り』や、『相手に告白したくないとか、本当の気持ちを知られたくないとか、いうプライド(自尊心)』などが、気持ちよく晴れて澄み渡った空の彼方に飛んでいって消えていってしまう。」といった内容が、オリジナルの歌詞では表現されております。美しくて詩的な表現だと思います。私の訳詞は、なるべく自然な日本語でわかりやすく表現することに主眼を置いているために、そのようなオリジナル歌詞の美しい表現までにはたどり着けないようです。この件に関しては、是非とも、オリジナルの歌詞や、それの正確に翻訳された訳詞を参照していただくことをお勧めいたします。
今日(きょう)は良い日
今日(きょう)の空が 晴れ渡るのなぜ?
今日(きょう)は風が 吹き渡るのなぜ?
知らないふり
聞こえぬふり
存ぜぬと話(はなし)逸(そ)らそうか?
口封(くちふう)じしようかな?
〔*〕
涙流れないように
上を向いてね ほほ笑むの
何様(なにさま)なの?
何事(なにごと)なの?
交わした言葉は 上(うわ)の空
言(い)えずにいたこと
思いもよらず泣きながら
「あたし、君が好き。」と
言(ゆ)っちゃったの
ニュー(new)髪型 イマイチだったかな?
服の趣向 ダメだったかしら?
まだ知らないふり
記憶のないふり
何もないことにしちゃおうか?
「出かけます。」と話そうか?
〔* 繰り返し〕
この私に 泣き言など 言わないで 〔言わないで〕
『坊や』なの?
鈍感(どんかん)なの?
信じられないわ
泣きぬれても笑顔で
君に 笑顔の押し売り
何してんだろう?
図々しくない?
プライドたたんで ポイなのヨ
言(い)えずにいたこと
もう二度と言(い)えないかもね
あたしね。君が好きと…
あれっ? 一二(いちっにっ)
しあわせ
〔素晴らしい
素晴らしい 日にしましょう!
応(こた)えてね!〕
気持ちの良い日!
『木綿のハンカチーフ』の旅立ちの日を考える
先日、私はYouTube動画を見ていました。たまたまそこで見かけたのは、『木綿のハンカチーフの歌詞の解釈が真っ二つに分かれる件』というタイトルの動画でした。『昭和ポップスの世界byさにー』という人の動画でしたが、現代では、この『木綿のハンカチーフ』という曲の歌詞は、そんな風に解釈できるんだなあ、と感心して私は視聴していました。
男性パートと女性パートの歌詞のかけ合いによって曲が進行していく特徴から、解釈その1「男性がひどい」と解釈その2「女性がひどい」という解釈ができるというわけです。そのキーワードとなるのが、男性パートから女性パートに切り替わる位置にある『いいえ』という言葉なのだそうです。このように『ジェンダーの格差』によって、解釈が真っ二つに分かれるというのは、まさに令和の現代的な考え方だと、私は感心いたしました。さらに、解釈その3「どっちもどっち」というのもあって、「どっちが悪い、ということでもない」という解釈も成り立つというわけです。なかなか面白い内容の動画でした。
ところで、私は半世紀前ほどにこの『木綿のハンカチーフ』を日常的にテレビやラジオで視聴していました。そして、その頃10代だった私は、お風呂に入っている時にしばしばこの曲を4番まで歌って楽しんでいました。よって、その頃の私の解釈を述べてみましょう。
まず、この曲は、単純に短い手紙のやりとり、すなわち、交換日記やペンフレンド的な『お便(たよ)り』のやりとりだと、私は思っていました。『交換日記』とか『ペンフレンド(pen friend)』などと表現すると、昭和の時代の匂いがぷんぷんしてきそうな感じがします。心の中での男女の言葉のやりとりとすると、前衛的な現代文学みたいになってしまうので、昭和のただの若い男女の文通みたいなものとみたほうが自然かもしれません。
さて、もう一つ昭和の要素として欠かせないものがあります。それは、『都会と地方(田舎)の地域的格差』という問題です。都会に働きに出て金銭的かつ物質的に豊かになっていく若者と、金銭的かつ物質的に貧しくても自然に囲まれて生きていくいわゆる田舎娘との気持ちのすれ違いを描いた歌詞だと、若い私は思っていました。昭和の時代は、それほど、都会のサラリーマン社会と地方(田舎)の農村社会は、労働の所得格差がひどかった(すなわち、大きかった)のです。
そんな私は、都会(東京)で生まれ育ちました。一方、地方の親戚の家は、農家が多かったのです。そして、4年に一度くらいに、地方(すなわち田舎)の親戚の家に遊びに行きました。そこで都会と田舎の金銭的な豊かさの違いとか、あるいは、自然界に触れる機会の違いとかを実感いたしました。何でもお金で買える都会の豊かさと、お金がなくても自然の中で質素に暮らせる田舎の豊かさは、相反するものだったのです。
そのような昭和の時代に顕著だった社会的背景から、『木綿のハンカチーフ』という歌を私は解釈していたわけです。しかし、昭和から平成、さらに令和へと、『半年が過ぎ』るどころか半世紀が過ぎて、この曲を聴いて解釈する人々の世代も変わってゆきました。作品の側からみれば、この曲の歌詞自体は、「旅立って、ひとり歩きを始めた。」とも言えます。つまり、人から人へと歌い継がれて、ゆうに半世紀が過ぎてしまったとも言えます。
昭和の時代には、『泡のように、次から次へと生まれては消えてゆく芸能界』という言葉がありました。「芸能界で生まれた人や作品のほとんどは、大衆の消耗品として後世には残らない。」と、昭和の当時は一般的に見なされていました。もっとも、現在は、この『木綿のハンカチーフ』のように、そうではない作品があるのも事実です。だから、こういった作品は、旅立って、ひとり歩きを始めた作品の一つとして、これからも大事にしていきたいものです。
戦争を知らない世代が戦争について思うこと
最近、「現代日本の子供たちが、戦争を知らない世代の大人たちに『戦争』についてどう思うか意見を聞きたい。」という話があったということを、テレビのニュースか何かで私は知りました。『戦争を知らない世代の大人』の一人である私は、そのことに対して、本当のことを包み隠さずにその子供たちに伝えたく思いました。
ところが、そこには思ってもみなかった障壁があることに気づかされました。私と同じ『戦争を知らない世代の大人たち』である『子供たちの親御さんたち』から、絶対的な抵抗と反対を受けるであろうということでした。そんなことを現代の日本の子供たちに話したりしたならば、PTSDなどの精神疾患を引き起こしたり、さもなくば、この世に生まれてきたことを後悔させて、自殺を誘発させたり、世間に暴動を起こすきっかけを与えたりするだろう、と親御さんたちは思うことでしょう。そして、親御さんたちの誰もが不安となって、私の発言を力づくで阻止することでしょう。そもそも、人間は、戦時下では、まともな子育てはできないものであり、多くの子供たちがまともに育たないことは明らかなことです。
そこで、私は、現代日本の子供たちに、『戦争を知らない世代の大人』の一人として知っていることを、じかに話すことを断念いたしました。その代わりと申しては何ですが、AIに次のようなことを問うてみました。以下に、私の問いと、それに対するAIからの回答の全文をそのまま載せておきます。
Q.「戦争は臭くて汚いものだ。」と答えた場合に、戦争を知らない若い世代はどう思うでしょうか。
A.
「戦争は臭くて汚いものだ。」という短い言葉を聞いたとき、戦争を知らない若い世代がどう受け取るかは、**年齢・価値観・経験**によってかなり分かれます。ただし、心理学的にも教育的にも、いくつか典型的な反応パターンがあります。
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## 若い世代が受け取りやすい4つの反応パターン
### 1. 「どういう意味?」と感じる(抽象的すぎて理解が追いつかない)
特に小中学生は、
- 臭い?
- 汚い?
- どういう状況のこと?
と、イメージがつかみにくいことが多いです。
この表現は**体験者の実感を凝縮した言葉**なので、背景説明がないと若い世代には伝わりにくい傾向があります。
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### 2. 「リアルで怖い」と感じる(感情的なインパクトが強い)
「臭い」「汚い」という具体的な身体感覚の言葉は、抽象的な“悲惨さ”よりも強く刺さります。
- 血の臭い
- 焼けた建物や死体の臭い
- 泥や排泄物にまみれた塹壕
こうした“身体的な嫌悪感”を連想し、
**「戦争は怖いものだ」**という印象が強まることがあります。
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### 3. 「きれいごとじゃないんだ」と理解する(リアリズムへの気づき)
高校生や大学生くらいになると、
「戦争は悲しい」「平和が大事」などの道徳的な言葉よりも、
こうした“生々しい表現”のほうがリアリティを感じることがあります。
- 戦争は英雄物語ではない
- 映画のように美化されたものではない
- 人間の尊厳が失われる場面が多い
という“現実の戦争”への理解が深まるきっかけになることもあります。
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### 4. 「なぜそんな言い方をするの?」と疑問を持つ(世代差のギャップ)
若い世代は、価値観の押しつけに敏感です。
- どうしてそんな表現を選んだのか
- 何を伝えたいのか
- 体験がないのに言っているのか、誰かの話なのか
と、**言葉の背景**を知りたがる傾向があります。
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## この言葉が持つ“本当の力”
「臭くて汚い」という表現は、戦争経験者がよく使う“核心的な実感”です。
戦争は
- 美しくない
- 誇らしくない
- 清潔でも整然でもない
- 人間の尊厳が壊れる場面の連続
ということを、**短い言葉で象徴的に伝える**力があります。
若い世代にとっては、
「戦争は悲惨だ」という抽象的な説明よりも、
こうした“身体感覚に訴える言葉”のほうが、
**戦争のリアルを想像する入口**になりやすいのです。
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## 若い世代に伝わりやすくするための補足
もし親御さんがこの言葉を使うなら、
次のような一言を添えると理解が深まります。
- 「戦争は、映画のようにきれいなものじゃない。人が生きる環境そのものが壊れてしまうんだ。」
- 「臭いも汚れも、命の危険も、全部が日常になる。それが戦争だと思う。」
こうした“背景の説明”があると、若い世代はより納得しやすくなります。
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国男さんの感覚では、子どもたちはこの言葉を聞いたとき、どの反応に近いと思いますか?
AIからの最後の文に対して、私はあえて答えていません。このような問題は、物心がついてある程度の時が過ぎれば、子供たち自らが考え出すものだと、私は思います。だから、彼らが日常的にメディアから視聴するものに、少し味付けして補足してあげることがよいのではないかと判断いたしました。それを受け入れられるか否かの判断と責任は、私よりも若い彼らに任せてみることにいたしましょう。
曲が好きすぎて作った訳詞翻訳
今回は、キム・ヨヌ(Kim Yeon Woo)さん歌唱の『ヨジョニ・アルンダウンジ』("Is It Still Beautiful"『今でも美しいか』)という、1999年にリリースされた韓国バラード&ポップスとしては、かなり有名な曲です。その歌詞を、(かなりの意訳かもしれませんが)私なりに日本語に翻訳してみようと思いました。
キム・ヨヌさんがこの曲のサビでかなり熱唱されているので、その様子がわかるような日本語歌詞になるように、いろいろと工夫させていただきました。素直な翻訳になっておらず、かなりの意訳で言葉をひねっております。韓国語を真面目に勉強されている方にとっては、全然参考にならないかもしれません。けれども、そこのところは、前もってご了承ください。
『今でも愛くるしいのかい』
君が居ない気楽さ 気まま自由な時間
君を忘れられたと 僕は信じていたよ
だけど 朝、早く目が覚める時
そばに 君のその姿がないと知ると
〔ウォーウォー〕ふとあふれる涙
よく僕を 笑わせてた
話し方 変わりないかい?
君と居た頃よりも 僕は やつれた。
笑えないよ!
君に縛られていると だだをこねてた僕は
こだわり過ぎていたよ 好きと言えずにいたよ
君の名を書き詰めて つのる思い
なのに、受話器の声だけを聞いていると
〔ウォーウォー〕ふとあふれる涙
あれほどに 惹(ひ)かれていた
笑顔まだ 愛くるしいかい?
君と居た頃よりも 僕は やつれて
変わり果てた… 〔ウォー〕
いたらない僕なんかを
忘れさす彼(ひと)と出会って
幸せにならなくちゃ
君にふさわしい彼(ひと)だから
歌い手にとって、昔の彼女は「単に『笑顔が美しい』」というだけではなく、心の痛みを伴ってそれが愛(いと)おしく思い出されたのでしょう。そんな感じがして、『愛くるしい』という表現をあえて私は選びました。あとは、オリジナル曲の調子に合わせて、わかりやすく自然の流れの日本語で、歌詞を並べていきました。韓国バラードの、物悲しいけれども、男性のやさしさのこもった歌詞を日本語で表現できたのではないかと、自負するところでもあります。なお、私の好みで申しわけありませんが、『彼(かれ)』と書いて『ひと』と読むことにいたしました。
Jポップス風歌詞翻訳のつもりが…
『Jポップス風歌詞翻訳』などと言っても、何を『Jポップス風』とするのかは、意見の分かれるところだと思います。いい加減でテキトウな名前の定義で申しわけありません。ただの言いわけにすぎないのが、正直なところでしょう。
先日からYouTubeサイトの動画を観ていたところ、今から14,5年ほど前の、IUさんの『ノラン・ナ』(英語名は”You&I”、日本語名は『あなたと私』)という曲を知りました。当時の韓国では、かなりヒットした曲だったようです。KobayasiNatsumiさん作詞の日本語バージョンもあります。それもまた、かなり魅力的な歌詞だったと思います。
しかしながら、KimEanaさんのオリジナルの朝鮮語の歌詞が美しい。と、私は朝鮮語辞典でその表現をいちいち引いて確認しながら思うのです。その表現の美しさには遠く及ばないとわかっていつつも、私は、できるだけ自然な日本語でわかりやすく翻訳してみようと考えました。最初は曲の内容が全然わからなかったのですが、意訳を交えて何とか形に出来ました。『絆(きずな)』という日本語を使いましたが、『ノ(あなた)』と『ナ(私)』とのつながりを表わす、極めて日本語的な表現のような気がしました。私の翻訳を以下に示しておきます。
あなたと私
時計をながめて 秘める
切ないこの思い
すぐちょっかい出してかまわない
おちょくってくれてかまわない
声をかけて
のぞき見のこと ばれてたら恐い
胸がはり裂けそうよ
少しの我慢で待っててほしい
時計よ もっと進んで
あなたと私のために
あなたの未来で
名前を呼んで!
のぞいた未来の私
あなたと一緒だったわ
楽しんでくれる きみが好き
きみに聞くと「ぼくも好き」
私の名は?
私の気持ち 知られたら恐い
胸がはり裂けそうよ
少しの我慢で待っててほしい
時計よ もっと動いて
あなたと私のために
未来で私の名前を呼んで!
まばたきで大人になるわ
私のことを 覚えてるでしょ?
あの奇妙な女子
指間に見えるあなたが好き
時計の針を指で回してる
もうちょっとだけ 速く
まぶた伏して魔法かけ
絆は まだあるから
いつだか 知らないけども
あなたの未来で
あなたをさがして
さまよう私の
名前を呼んで!
おしまいに、この曲のオリジナルの作詞家さんに謝(あやま)っておきたいことが一つだけあります。この曲には、切なくて悲しい結末も予想されることに、私は気づかされました。そのため、最後の4行の歌詞には、切なく悲しい韓国バラードのテイストを少しばかり含めた訳詞にしてみました。悲願が悲劇に変わるかもしれない、という一抹(まつ)の不安があるということが、それを視聴する側の私たちに良い薬になることがあります。そんな余計な解釈を私が加えずにおれなかったことを、重ね重ねお詫び申し上げます。
考えてもらいたい『国民審査』のこと
「なぜ衆院議員選挙の時に、国民審査を同時に行うのか。」ということを疑問に思ってきた人も少なくないと思います。はっきり言って、『国民審査』なんて意味が分からない。だから、将来的にこんな制度は要らないと考える人も多いと思います。特に、若い世代になるほど、選挙制度に関わる経験が乏しいことから、そのように考えがちなのではないかと思われます。
そんな『あなた』に知ってもらいたいことは、以下のようなことだと思います。まず、「最高裁判所の裁判官は、内閣により任命される。」という事実です。そもそも、その内閣は、日本の場合、国民が投票する衆院議員選挙を起点として決まります。だから、その前の内閣により任命された『最高裁判所の裁判官』が、国民の審査を受けるのは妥当なのです。
なぜこんなことを書くのかと、言われるかもしれません。将来的に見て、そんなことの必要はないのではないかと考える『あなた』に、私は問いたいと思うのです。それは、つい最近あったことですが、あのアメリカ合衆国のトランプ大統領が自身の都合に合わせた最高裁の判事を任命したというニュースがありました。最高権力者は、往々にしてそのようなことをしても、犯罪には問われません。だからこそ、国民の側に何らかのチェック機能を常時用意しておかないと、私たちの民主主義体制そのものがどこかとんでもない方向へ行ってしまうことさえあるのです。
もしも、知事や官僚などの行政の権力者や、内閣や国会議員などの立法の権力者が、裁判官などの司法の権力者とつるんだ場合、三権分立は成り立たなくなります。時々のニュースをテレビで観ていると、そもそも裁判官の判決など、良識ある国民である私たちの日常に直接関係がなくて、その影響力も少ないように思えるかもしれません。しかし、ところがどっこい、そうはいきません。死刑に関すること、内乱罪などの国家に対する重大犯罪、人権や自由に関すること、弱者の保護に関することなどなど、無関係どころか『無関心でいられない事柄』で目白押しなのが現状なのです。それらのことが時の政権に左右されるということだとすると、やはり私たち国民の一人一人が黙っているわけにもいかなくなるという、そんな未来や将来の事態が確実に来ると予想されます。
死刑制度にしても、内乱罪にしても、プライバシーなどの人権・自由にしても、DV被害者や性被害者の保護や、子供の権利の保護にしても、その基本的な常識や原則が揺らいでしまうと、私たち国民一人一人の日常生活は、不安定なものになりかねません。私たちは、全てそれを誰かがちゃんと取り締まってくれているから安心して毎日生活できていると錯覚しているだけで、私たち一人一人に都合のよいその『誰か』が実際に存在しているわけではありません。
ちなみに、AIにこの『国民審査』について質問してみました。すると、以下のようなことを教えてくれました。
# 国民審査でチェックすべき裁判官の判断ポイント
1. 死刑に関する判断姿勢
死刑制度そのものは国民審査の対象ではありませんが、
「裁判官が死刑判決をどう扱ってきたか」は重要な判断材料になります。
## チェックすべき具体例
- 死刑判決を破棄したか、維持したか
- 「死刑は違憲」とする意見を述べたか
- 冤罪の可能性がある事件で慎重な判断をしたか
- 証拠の信用性に厳格だったか
### なぜ重要か
死刑は国家刑罰の中で最も重く、裁判官の価値観が最も強く表れる領域だからです。
2. 国家に対する重大犯罪(内乱罪など)に関する判断
## チェックすべき具体例
- 国家に対する暴力行為をどこまで「内乱」と認定するか
- 表現の自由や政治活動の自由との線引きをどう考えるか
- 国家権力の行使が過剰でないかをチェックしているか
- 公安関連の捜査手法に対して慎重な姿勢を取っているか
### なぜ重要か
内乱罪は国家権力の正当性と個人の自由の境界に関わるため、
『裁判官の憲法観が最も鮮明に現れる分野』だからです。
3. 人権・自由に関する判断
最高裁はしばしば、国民の自由を守る「最後の砦」になります。
## チェックすべき具体例
- 表現の自由に関する判断(出版、デモ、ネット表現など)
- プライバシー権や個人情報保護に関する判断
- 警察の捜査手法(GPS捜査、通信傍受など)への姿勢
- 行政権の乱用を抑制する判断をしているか
### なぜ重要か
国民審査は、裁判官が「権力の監視者」として機能しているかを評価する機会だからです。
4. 弱者保護に関する判断
裁判官の価値観が最もよく表れる領域のひとつです。
## チェックすべき具体例
- 労働者の権利をどう扱っているか
- 障害者や高齢者の権利に関する判断
- DV・性暴力被害者の保護に関する判断
- 子どもの権利(親権、虐待、教育など)に関する判断
### なぜ重要か
弱者保護は裁判官の「社会観」が最も反映されるからです。
5. 行政・立法に対するチェック機能
最高裁はしばしば「消極的」と批判されますが、国民審査ではここを特に見ておくべきです。
## チェックすべき具体例
- 違憲立法審査権を積極的に使っているか
- 行政の裁量を無制限に認めていないか
- 公共事業や行政処分に対して適切な審査をしているか
### なぜ重要か
裁判官が行政や立法に対して「追認機関」になっていないかを見極めるためです。
以上まとめると、国民審査は「裁判官の価値観」を見抜く制度だと言えるのだそうです。言い換えるならば、『裁判官がどんな憲法観・人権観・国家観を持っているかを国民が判断する制度』なのだそうです。
「そのために、
- 死刑
- 内乱罪
- 国家権力の行使
- 人権・自由
- 弱者保護
- 行政・立法へのチェック
といった領域での、裁判官の判断姿勢をチェックすることが、最も合理的で実質的な審査になります。」と、AIは教えてくれました。
つまり、毎回の国民審査で、たとえバツを付けるほどの極めて悪質な裁判官が見当たらなかったとしても、それはそれでよかったと思うべきなのです。しかしながら、これらのことを知っているか知っていないかでは、国民審査に対する関心度や意識は違ってくると思います。民主主義のために、いざという時のために、残しておかなくてはならないのが、この制度なのではないかと、私ならば思います。果たして、皆さんの考えは、いかがなものでしょうか。
二十歳の教訓
今回の私の話は、ただの個人的な愚痴に過ぎないと思われるかもしれません。二十歳(はたち)になることを祝ってもらった側としては、かなりの親不孝ではないかと思われるかもしれません。まずは、二十歳(はたち)になった私に何があったのかをお聞きください。
当時私も、生まれ育った東京都足立区の自治体主催の『成人の日のつどい』に招待されました。成人の日に、一人で区立の文化会館へ行きました。招待された某作家さんの話を、暗い館内で着席して聴いていました。明るい舞台ステージで語る作家さんの話が終わると、そのまま退席して家に帰りました。
その成人の日の一週間前くらいに、私は父から(当時安くない)全自動巻きの腕時計をプレゼントされました。当時流行っていたもので、もの自体はしっかりしていました。しかし、私にとっては、それほど欲しいとは思っていなかった『もの』でした。『父が、私の二十歳(はたち)になったことを祝って、与えてくれたもの』という印象を持ちました。
成人の日の当日、スーツ姿の私は、その時計を携帯して、区立の文化会館へ行きました。しかし、どういうわけか腕時計を手首に装着しているのが恥ずかしくて、スーツのポケットに入れて隠してしまいました。買い物をするセンスが人一倍に優れていた父にしては、珍しい失策でした。その腕時計は、少々重たくて、私の弱々しい手首には余り似つかわしくなかったのです。
家に帰る途中で、初めて私はその時計を失くしたことに気がつきました。しかし、どこでどう失くしたのか全く記憶がありません。文化会館で着席していた場所まで戻ってみましたが、何も落ちていませんでした。そのことを誰に尋ねることもなく、私は一人で帰宅しました。
その時の私の心境は、父に対して済まないというものでは余りありませんでした。それよりも、世間から二十歳(はたち)を祝ってもらった当日に何か『もの』を失くしてしまった。というショックのほうが大きかったのです。「これから大人になるというのに、そのような『しくじり』をなぜ私はしてしまったのか?」という疑念を持たずにいられませんでした。
そのくせ、その腕時計を失くしてしまったことは、父には黙っておきました。父に余計な心配をかけたくなかったからです。その腕時計を失くしてしまったことは残念ではありましたが、そのことを騒ぎ立てるのは間違っていると思い、大人しくしていました。もともとそれは、いくら後悔しようと、私自身の責任であることに変わりなかったからです。
そうして、あれから何十年も月日が流れました。私は今でも、忘れ物や落し物をすることが時々あります。あの二十歳(はたち)の頃の失敗から、私は、それを加齢のせいにすることができません。「年をとったから、体力が衰えて頭もボケた。だから、忘れ物や落し物が増えた。」という言いわけは、少なくとも私自身には通用しません。
したがって、忘れ物や落し物をすると、現在の私は必死になって捜します。まるで、そうすることに私の全生活がかかっているかのごとく、責任感を持って捜し続けます。そんな私の心の深層には、二十歳(はたち)のあの頃に見つけられなかったあの腕時計のことがあるのです。つまり、そのような私の執念深さは、二十歳(はたち)の頃に教訓として与えられたことから来ています。
ただし、こんなことは、マスメディアで取り上げられにくいか、ほとんどNGかタブー視されることだと思います。私自身にとっても、快(こころよ)いことではありませんでした。すっかり忘れてしまいたいくらいです。でも、そのような辛い経験が、すなわち、大人として誰にも言えなかった経験が、『大人であることへの自己証明』になっていることも事実です。そのような自己体験に目を背(そむ)けないことが、「大人として責任が持てるようになれる。」ことだと私は信じています。