ちょっと意外?で不思議?な夫婦の話

 今から二十四、五年前のこと、私がソフトウェア開発会社に勤めていた頃の話です。女性の社会進出が進んで、その会社でも、社内結婚をしても女性が会社を辞めないで働き続けるケースが増えつつありました。プログラマーとして私が関わっていたプロジェクトチームでSE(システムエンジニア)をしていたAさんは、私より三歳年上で、社内のプログラマーで私より一歳年上の女性と結婚しました。Aさんは、俳優の大和田伸也さんと三浦友和さんを足して二で割って縁無し眼鏡をかけた感じの男性でした。Aさんの奥さんになった女性は、チビでしたが、かわいいアイドル系の顔で、しかも仕事中は真面目に女子社員の制服を着ている人でした。
 私と、同じプロジェクトチームの後輩の三人くらいで、Aさんにこんなことを聞いてみたことがありました。「奥さんをどんな風に思っていますか?」と聞いてみました。夫婦って相手をどういう風に思っているのか、ということに、私たち三人は独身なので興味がありました。すると、Aさんは「子供だね。」「家に帰ると、大きな子供がいるって感じだね。」と答えてくれました。
 この質問をした時、できちゃった婚ではなかったので、Aさんとその奥さんとの間には、子供がいませんでした。Aさんとその奥さんの二人暮らしだったので、どんな夫婦生活なのかということが、私たち三人組の関心事になっていました。それはそれは、すごい答えを期待していたのですが、「子供だね。」とあっさり答えられて、がっかりしました。そして、意外だなあ、と三人で思いました。見合い結婚でなく、社内結婚なのに、性的もしくは恋愛的な要素がありそうで無かったことには驚きました。「なあんだ。つまんないなあ。」と口々に私たちは言ってました。二十代男性の若い私たちは、もっと別なことを結婚に期待してたはずです。性欲で頭の中がモヤモヤしていて、それが何なのかはっきり言えなかったかもしれませんが、結婚して親子の関係に近い家族の関係になることなど、想像すらできませんでした。
 Aさんは、さらに「子供ができたら、もう一人子供が増えるって感じだね。」と、笑いながらコメントを付け加えてくれました。どうもこれは、私たちが考えている結婚観や夫婦のありかたとは全然違うな、と思いました。
 さらに後輩たちは、何かの機会に、Aさんの奥さんに「旦那さんをどんな風に思っていますか。」と質問して、答えを聞いてきました。すると、「普通の男だった。」「普通の男なんじゃないの。」という回答をもらいました。これも、私たちが全く予想していなかった言葉でした。なぜなら、Aさんは、上に書いたように、俳優の大和田伸也さんと三浦友和さんを足して二で割った顔つき体つきでしたし、仕事上でも部下に思いやりのある、やさしい包容力のある上司でした。それを『普通の男』などと言われては、納得がいきませんでした。
 どう見ても、Aさん夫婦は、仲の悪い夫婦には見えませんでした。それなのに、お互いのコメントの冷め具合は何なのか、と思いました。単なる照れ隠しなのか。それとも、本当にそんなものなのか。どちらかわかりませんでしたが、Aさん夫婦の言ったことに真実が隠されていたことに変わりはないはずです。
 そこで、現在の私が、Aさん夫婦のコメントを分析してみようと思いました。それぞれのコメントの持つ冷めた感じから想像できることは、結婚の前後で相手に対する見方が変わった可能性があるということです。結婚前はアツアツでも、結婚後は夢から覚めたように現実を知った、ということだと思います。
 例えば、Aさんは、相手の女性に、大人の女性の色気とか期待していたのかもしれませんが、いざフタを開けてみたら、色気もそっけも無かったとか、ということでしょう。結婚しても働き続ける女性なのですから、それは当然のことだったのかもしれません。また、奥さんの方も、Aさんが、俳優の大和田伸也さんと三浦友和さんを足して二で割った人物と思っていたのに、Aさんのプライベートを知ったら、彼女が知っている範囲での、例えば、近所に住んでいた若いお兄ちゃんやおじさんとそんなに変わらなかった、ということでしょう。
 そう考えてみれば、Aさん夫婦は、それぞれのコメントから考えられるほど、意外でも不思議でもなく、典型的な夫婦の一つに過ぎなかったのかもしれません。